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コラム

条件付き「肯定」から無条件へ 母から始まる語りの輪
相模原事件から私たちがやるべきこと(4)

福祉施設に「刺股」?

相模原事件が発生した7月26日の翌日、埼玉県福祉部長から県内の福祉施設に「社会福祉施設等における入所者等の安全の確保について(依頼)」と題した注意喚起の通達が出された。前日に厚労省が各自治体に「入所者等の安全の確保について」注意喚起する文書を受けての内容で、施設として「加害者の犯行」から守るべく防犯対策を呼びかけるポイントを示している。その中の「防犯対策の例」に、「刺股(さすまた)など防犯用具の整備」と書いてあった。刺股は江戸時代から犯罪者を捕獲する捕り物のための三道具の内の一つとされる長い柄のついた防御のための道具。専守防衛に徹する「攻めることのない」道具としての位置づけだろうが、そもそも、捕獲道具を用意しなければならないほど、私たちの社会、福祉施設は、物騒なのだろうか。

事件のあった「津久井やまゆり園」は人里から離れた地域にあり、そこに行くには強い意志がなければならない。元職員の加害者が強い殺意をもってその場所に行き、犯行に及んだと、メディアは伝えているが、その同じような「彼」が社会に多く存在していると考えているのだろうか、福祉施設は人里離れていて、通報から警察が来るまでには時間がかかるから、防戦をすべきなのだろうか、どんな思いでこの通達は出されたのだろう。

福祉施設の中では、徹底して人を包み込むことを理念として、「攻撃的な」言葉も道具も兼ね備えないという考えもある。そこにお上の通達で道具を常備することを勧めるには、違和感を覚える。ハードの整備より、コミュニケーションで安心を与えるというソフト面での対応が重要と思ってしまうのだが、おそらくこれは、私たちの社会での福祉事業のあり方や考え方をめぐる議論になる。そして今、この議論が求められているのだと思う。

条件付きで障害者肯定

前回もお伝えした徳島県の障がい者の母、福井公子さんの言葉の中で、加えて紹介したい指摘がある。

「今回の事件は障害者差別ではなく、能力差別なのだと思います。特に自立支援法以降、障害者に『勝ち組』と『負け組』をつくってきました。『働ける』『役に立つ』『意志をもつ(ようにみえる)』『社会に迷惑をかけない』それらの条件を付けて障害者を肯定してきました。それについては、福祉においても、人権啓発においても、障害者運動においても無自覚だったような気がします。もちろん、私たち親においても・・・。」

 刺股は排除の象徴であり、押さえつけの論理と考えてしまうのは私だけではないはずだ。安易に管理するために、コントロールのために、出される通達はやがて常識化してしまう。無自覚に対応しているうちに、排除される人は固定化され、結果的に福井さんが指摘している「勝ち組」「負け組」を作ることや、条件付けで障害者を肯定する感情が大量生産されてしまうのである。

 最初から無自覚だったとは思わない。誰しも社会の中で障がい者を知り、触れ合う機会が1度はあるはず。自覚的に何かを考えようとする「きっかけ」はあったのだが、いつの間にか、考えるのをやめ、問題を避けてきたような気がしてならない。大事なことを考えずに過ごしてしまった結果の無自覚とも言える。相模原事件を受けて、表面化したこれら障がい者に関する社会や私たち自身の関わり合いや心持を今こそ変革する必要があるのではないだろうか。

視点を変えよう、

だから私たちは根本的に視点を変えなければならない。社会の周縁にいる障がい害を、社会の真ん中に置こう、ぐらいの気概が必要だから、これは実際に取り組んできたイタリアから学んでみたい。

一般の人向けの教材として学びやすいのが、イタリアの取組みを映画化した「人生ここにあり」(2008年、伊)。切れ味鋭くさわやかな、ほろ苦い内容とともに抜群の啓蒙作用を持つ作品だ。映画の枕詞は「人生はエンターテインメント」。イタリアの精神保健を取り巻く環境の変革期を描いた苦悩の実話だからこそ、この枕詞の言い放つキャッチコピーが生きている。この考えは日本の精神保健の世界とはだいぶ違う。

アマゾンの紹介によると「合言葉は“やればできるさ!”。世界で初めて精神病院を廃止した国で始まった元患者たちの挑戦にイタリア全土が笑って泣いた!世界中に〈希望〉と〈元気〉を届ける、愛と笑いに溢(あふ)れた人間賛歌エンターテインメント」「世界で初めて精神病院をなくした国―イタリアで起こった実話を基に映画化」「1978年、イタリアでは、バザリア法の制定によって、次々に精神病院が閉鎖された。『自由こそ治療だ!』という画期的な考え方から、それまで病院に閉じ込められ、人としての扱いを受けていなかった患者たちを、一般社会で生活させるため、地域にもどしたのだ。本作は、そんな時代に起こった実話を基に、舞台を1983年のミラノに設定して誕生した」等。

映画の宣伝だから少々大げさな文体だが、コピーライターの感動ぶりも伝わってきそう。「精神病院」を廃止した、とあるのは、正確に言えば「精神病院を生み出す社会制度の変革」とされ、この基本の法律が紹介文にもある通称「バザリア法」。正確には法180号である。

1つひとつの変革から

バザリアとは改革の中心人物である精神科医で、1971年に彼は改革の現場となった北イタリアに位置するトリエステのサン・ジョヴァンニ精神病院で改革に着手した。

この病院では当時入院患者1182人中、90%以上が強制入院の環境。バザリアはまず、医師と患者が主従であった関係を、医師と患者は「協同者」と位置づけた。その上で治療に関してミーティングを積極的に行い、それをオープンにし、ショック療法や身体拘束具の使用禁止、パーティーの開催、患者新聞の発行、男女混合病棟の実現、街への自由外出と金銭所持を認める、などで、大きく言えば、患者の権利獲得、そして病院職員の意識改革、同時に周辺への啓蒙であった。これが法律へと結実するのである。

これら一つひとつの取組み、行動の変革が社会を動かすことになるのだが、この時代背景にはイタリアの労働運動がある。労働者が結束し権力や資本と立ち向かい権利を獲得する風土である。バザリアの取り組みが法制化されたのも、労働者がこの権利獲得の動きに呼応した結果であった。この精神医療の改革運動は「トリエステの改革」もしくは「精神病院の廃絶」をキーワードとして日本にも伝わっているものの、日本での模倣者は多くはない。

日本の社会運動がどこかで挫折しているから、運動がうねりにならない。一般には諦観にも似た社会運動へのスタンスが阻害要因かもしれない。

母よ、語れ!と言ってみる

 愛知県瀬戸市の地域ラジオ「ともみとともに」のパーソナリティー、林ともみさんは、2008年から「心のバリアフリー」をテーマに福祉に関する番組作りを続けている。元来ラジオのレポーターとして活躍してきたが、長女が重度の障がいがあることで、社会への感度が変わった。福祉へのアンテナが敏感になり、番組作りも福祉へ特化していったという。「小さな発信ですが、ラジオがご縁でつながるものも少なくないんです」(林さん)。

 福祉の世界の中で思い悩む人をどうつなげていくか、林さんの課題でもあり、これはわれわれ社会の課題とも言える。

 前述の福井さん、そして林さんともに障がい者の家族という立場で、当事者の声と家族、支援者の思いを発信している。この声が「社会の声」にならないのは、絶対的な量が少ないからであり、耳を傾ける側の心の問題の双方に課題がある。

 だから、本コラムをはじめ「サイキュレ」のようなコミュニティ圏を地域やネット上で広く展開する必要がある。コンテンツには、当事者の声や家族、支援者の声がフラットに提示され行き交うのが理想だ。

 その理想に近づくために、やはり母よ語れ!と、夢を持って呼びかけてみたい。大きな愛情を持ってその言葉を受け入れて発信のエンジンになるべく、言ってみるのである。そして私のような支援者が語り、一般の人が語り、その結果、議論の場が成熟し、障がい者に関するリテラシーが上がってくることを目指したい。

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コラムニスト

    報告 ID:iZMwrM5A4z

    所詮、精神障害を持っている、僕のきもちは、貴方には、判らないと思う。
    B型施設で、工賃を貰っても、幾ら貰えるか、判らないと思う。
    世界が、動かないと、また、殺害で、被害者が出るのでは?
    もっと具体的な、かつ、安全な対策が必要だと思います。

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