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コラム

常識離れて「ごめんなさい」からの変革
「私たちの福祉」語るために

疣のある父とその子供

 ある朝の温泉。朝の光が差し込む男性の脱衣場は誰もおらず、ゆっくりとした朝風呂を終えた私は、扇風機にあたりながら、温泉の余韻を一人楽しんでいた。そこに入ってきたのは父70代、息子40代と思われる親子で、着替えと洗面器を持った息子は、父から身振りで指図を受けなければ次の行動ができないような仕草から知的障がい者だろうと推察された。

しかし、私の目に強く止まったのは父だった。息子に指示を与えるその父の顔、手には大小の無数とも思われるほど多くの疣があった。それは腫れ物のようなものもあれば、親指よりも大きくぶら下がった袋状のものもある。服を脱ぐと、疣は体中にあった。私は思わず目をそらした。父の指示のもとに息子も裸になり、父の後ろを追うように息子はついていき、2人は湯煙の中に消えていった。

そして私は「ごめんなさい」と一人つぶやきながら、詩人、松岡宮さんの作品「謝れ職業人」を思い出していた。そして自分が「目をそらす」という行為について考えてみた。

働かないで生きる

ちょうどその数日前に私はコーディネーターとして東京都内で「ケアメディアフォーラム」なるシンポジウムを開催し、ゲストスピーカーに松岡さんをお招きした。松岡さんの本名は松岡恵子さん。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野修士課程を修了した保健学博士(Ph.D.)であり、精神保健福祉士(PSW)。国立精神・神経センター精神保健研究所成人精神保健部流動研究員などを経て、現在は東京都大田区の蒲田「蒲田寺子屋」をオープンさせ、高次機能障害者やその家族を支援している。

松岡宮の芸名で詩人・パフォーマーとしても活動中で、その二面性が面白いく、「支援者」としての考え方も斬新だ。シンポジウムで松岡さんは「いかにも勉強できるような経歴ですけれども、働かないことを考えて、働かないで生きてきました」と飄々(ひょうひょう)と言ってのけてしまう。自分のブログでも、私のような人間を「意識の高い方」と表現する客観性がおかしく、対話も絶妙に面白い。

私がシンポジウムで、松岡さんを紹介する際に「蒲田寺子屋」という「施設」を「運営」している、と表現したところ、松岡さんは「引地さんは『施設』と言ってますが、私は、ただ空き家を掃除しているだけで、そこに人が集まってきているんです」と言う。その「ただの集まる場所」は福祉施設として自治体に認可を受けているわけでなく、無認可で利用者から月謝をいただいて「運営」しているが、「始まった時から10年ずっと赤字です」と屈託がない。

こんな調子のシンポジウムで私も意地悪に「最近の福祉についてどう思いますか」などとあえてオーソドックスな質問をしてみると、「無茶な質問ですねえ」と苦笑いを浮かべながら、私たちが福祉と考えている概念や境界線が無意味であるとの気づきも示唆してくれる。

「こうあるべき」に疲れ

 オーソドックスな私に、あまりにも意外な返答の連続。私は悦に入ってしまい。「いやあ、松岡さんとの、このかみ合わなさが僕、好きなんですね」と本音を漏らすと、会場はどっと笑いに包まれた。この笑いとともに私が実感したのは、「福祉はこうあるべき」という議論に多くの人は疲れているのでないかということ。

今年、日本テレビの「24時間テレビ」が「感動ポルノ」と批判されてしまうのも、「こうあるべき」の中の「感動」に、うそくささや嫌気を感じてしまっているからではないだろうか。

そして、冒頭の情景で思い出した「謝れ職業人」を、このシンポジウムでも私が朗読する形で紹介した。これは精神科医の斎藤環(さいとう・たまき)さんが紹介したことで人気を得ることになった作品である。

謝れ職業人   松岡宮

「ああ、今日も会社に泊まりこみで仕事だよ」

疲れた声で言う

職業人は

謝れ

全ての「だめなヤツ」に

細い声で

謝れ

「ああ、忙しい忙しい」

朝早く出てゆくひと

乗り換えの駅で朝食をかっこみ

後続列車に乗ってゆく

職業人は

謝れ

手をついて

謝れ

「俺はやっとやりがいを見つけた」

なら

謝れ

仕事にきちんと就くことは罪なのだから

それをきちんと謝罪せよ

そう、あなた

今日も働いて働いて

上司に怒鳴られてもがんばって

同僚とのおしゃべりで気晴らして

ときどき仕事でも嬉しい事があるんだよ・・・

それなら

足下を見ろ

そこに横たういくつもの白い腹を見ろ

白いブヨブヨした腹を踏みつけてサーフィンしているあなた

イエイ♪ゴーゴー♪しているあなた

内臓破裂の暖かさに包まれている

あなたは

すべての弱いものに謝罪せよ

あなたの強さを謝罪せよ

仕事

 仕事

  仕事

取引

 連絡

  申し送り

あなたがそうやって一生懸命生きる事で壊してきた

そしてそうやって一生懸命働くことで壊している

すべてのダメなもの弱いものアホなもの

恥ずかしいもの腐ったもの古くなったもの

謝罪せよ

 あなたが彼らの年金を払ってやることに対して

 謝れ

 あなたが彼らの医療費をまかなうことに

 謝れ

 あなたが彼らを保護しいたわり慰めることに

 謝れ

3月15日くもり

自分がたまたま頑丈であり

毎朝おはようと笑って出かける

そのことに

ごめんなさい

この表現に、反応は人それぞれだが、受け入れには、常識を覆す発想の転換が求められる。会場からも解釈をめぐっての質問が相次いだが、それでよし。議論することで、少しだけ私たちは賢くなっていくはず。この詩作を、どう考えていくか、これこそが私たちの社会の包容力が試されているのであろう。

「福祉」が国の政策を頂点として語られることが多い中で、「私たちの福祉」は、その「常識」から離れて、考えることから始めたい。自分がたまたま頑丈で、体に疣がなかったから、「ごめんなさい」と言わなければならないかもしれない。「何で?」と問われたときに、考え出され、絞り出した言葉があるとすれば、その言葉から福祉の未来が見えるような気がしてならない。

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