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コラム

心の拠り所、社会の居場所、閉塞について
日本の宗教観と開放された教会

根付く宗教習慣

日本社会には宗教が行き渡り、根付いている。神道、仏教、キリスト教など、生活していれば、何らかの宗教的習慣に接する。仏壇に手を合わせたり、お墓にお花を手向けたり、神社でお願いごとをしたり、教会でクリスマスをお祝いしたり―。信教の自由が保障されている社会だから、私たちはそれら宗教と、それら宗教と信じる人と共生しながら生きていける。それは、宗教どうしのいがみ合いや闘いが続く社会では奇跡的な光景なのかもしれない。

一方でなぜか宗教を積極的に語れない雰囲気もある。積極的に語れないから、信教の話題は封印してしまう傾向である。信教は地域の結束とは別の価値観になってしまうから、ムラ社会からはじき出されてしまう、という危機意識から、信教については心に秘めつつ、公にしない雰囲気がこの社会では残っている。

模範となった奉仕活動

私が東日本大震災での被災者支援で、震災直後の3月から宮城県沿岸部を中心に支援活動をした中で、支援現場で見たのは信教の力だった。多くの方が宗教のネットワークや枠組みを利用してボランティアに来た。支援が「塊」になる前の動き出しの速さは、クリスチャンに見られた。「支援する」は「奉仕する」という言葉となり、そのモチベーションを具体的な形に変えていたように思う。

私は支援が行き届かない場所を支援する「小さな避難所と集落をまわるボランティア」なる題目で、ボランティア参加者を募り、物資を受け取り、分配し、そして悩みを傾聴することを繰り返してきたが、その活動を支えてくれたのが宮城県の栗原聖書バプテスト教会の岸浪市夫牧師だった。同時に岸浪牧師は、明らかに精神疾患のある方を教会に迎え入れ、生活の面倒を見る仕事をしていた。それは、私が海外生活を含めての経験で見聞きした、牧師や神父の行動として常に模範とするべき社会での支援者としての態度だった。

勿論、それは僧侶でも同じような行動をする人を見たから、キリスト教に限ったことではない。今回は、キリスト教会の可能性として、精神疾患者の救いの観点から話を進めたく、キリスト教に絞って展開したい。

つながる、からを提議

先日、日本基督教団関東地区内の埼玉地区による第22回「アーモンドの会」が埼玉和光教会(埼玉県和光市)で行われ、発題者として私が登壇し、「教会と地域福祉 つながる、からはじめよう」を題目に精神障がい者のための教会のあり方をお話させていただいた。

聞き手はベテランの牧師の皆さまと長年の信徒が多いから、私などは太刀打ちできないキリスト者としての支援の歴史と伝統がある。「障がいや病気の有無に関わらず、生きづらさを抱えた方に、教会が行きやすく・生きやすい居場所となるよう、つながることから始めたいと願って、今回のテーマとしています」(同会の案内文)が今回の趣旨であるが、もともと同会は「障がいを負う人々と共に生きる教会を目指す懇談会」が説明的な名称。「共に生きる」ことを前提にして、22年間開催し続けているが、今もなお教会が障がい者にとって「行きやすい」場所になるために、苦悩している現実もある。

 発題者の私は、精神疾患者向けの就労移行支援事業を行う者として、「つながるからはじめる」をキャッチフレーズにしており、前年の同会にも招かれ、教会とつながることで、出来る支援を考えてきたから、今回は福祉施設として考えているポイントを伝える場となった。

さらに私自身、キリスト教系の幼稚園から日曜学校に通い、小学生で身も心も野球に染まり、すべての時が野球に費やされるまでは、教会は親しみのある場所で、キリスト教系の中高一貫の学校において毎朝礼拝堂で聖書を読み、私なりに勉強してきた過去がある。記者時代も国内外の転勤した先々で出会った牧師や神父、キリスト教を取り巻く方々との交わりは、私の経験を豊かなものにしてくれた。

開け放たれた場所で

 その過去で忘れられない思い出がある。それは富山市でのことだった。毎日新聞の駆け出し記者時代に、私は大いに悩んだ。求められている成果に自分の実力が追い付いていない、と。事件記者だった当時、別の大手紙の後塵を拝するばかりの毎日に、苦しみもがいて、夜も眠れずに家のまわりをうろついて気持ちを収めようとした時、そこに教会があった。真夜中だから真っ暗でしかない建物に誘われ、扉を引くと、何の抵抗もなく、扉は開き、私は教会堂の中で椅子に座り、ひたすら気持ちを落ち着けようと体を固くして、うずくまるようにして座り込んだ。背後に人影が感じ、思わず「すみません」と言うと、その人影は「大丈夫ですよ。どうぞ、ごゆっくり」と言って、教会堂の外へと消えて行った。

それはおそらく牧師だったのだろう。そして、私はその空間で、私を取り戻したと思う。あの時、教会が開いていたこと、私に時間と空間を与えてくれたことに、大きな感謝があり、その後、私は聖書の学習をし、クリスチャンと接する時は、そんな思い出と共に「開かれている」宗教に敬意を表す心境に至ってしまう。

慣れる、関わる

こんな体験があるから、教会は開け放たれた救いの空間であってほしいとの願いがある。勿論、教会側も基本は「開かれた信仰の場」と考えるから自然と障がい者を受け入れてきたし、これからも社会が患者に合わせる「社会モデル」の模範として機能してほしいとの願いを込めてお話をしたのだが、実際には「難しい」人もいる。他の方々の信仰を妨げる事例もあるという。それが教会の苦悩だ。

特に精神疾患者は気分の浮き沈みで行動が変化する方もいるから、接したことのない方は少々驚くこともあるだろう。私としては、どんどん交わって「慣れて」ほしい、と思いつつ、就労移行支援という福祉施設の人間として、そのような人に「慣れている人・場所」とつながって、一緒に関わっていくことを提言した。社会が多様化すればするほど、個人や団体などのセキュリティは上がっていく。それぞれの組織に鍵がかけられ、外からのアクセスができないようになってしまう。心の拠り所にもなる教会は鍵をかけてはならないし、そのような社会にしてはいけないと思うから、教会の壇上から不躾に力説してしまった。

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