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コラム

措置入院の体制を変えれば
第2の『相模原事件』は防げるのか

 平成元年以降、死者数が最も多い殺人事件となった「相模原障害者殺人事件」。事件発生後、多くのメディアは措置入院体制の不備や退院判定の甘さなどを指摘し、事件を受けた政府も、2016年8月から約3ヵ月にわたる再発防止会議を実施。12月上旬、同会議チームは、「中間とりまとめ」 を基に、措置入院制度等の見直しを提言する最終報告を出した。しかし、問題は本当に「措置入院制度のあり方」なのか? 措置入院の体制を見直せば、第2の相模原事件は防げるのか?

「再発防止検討会議」で議論された
上っ面だけの改善点

 今さら“おさらい”する必要もないだろうが、2016年7月下旬、相模原市緑区千木良(ちぎら)にある障害者施設「津久井やまゆり園」へ刃物を持った男が侵入し、19人が死亡・26人(職員2人含む)が重軽傷を負った…というのが、「相模原障害者殺人事件」の概要。

 逮捕された植松聖(さとし)容疑者(逮捕時26歳)は同施設の元職員であり、事件の約5ヵ月前には衆院議長公邸を訪れ、『私は障害者総勢470名を抹殺することができます。(中略)私の目標は、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。障害者は不幸を作ることしかできません』と自筆でしたためた手紙を、公邸職員に手渡していたことが明らかになっている。

 殺傷事件発生後、政府は直ちに関係閣僚会議を設置。厚労省主導で、9名の構成員による「事件の検証及び再発防止策検討チーム」を発足させ、措置入院のあり方と、措置解除後の継続的支援のあり方を見直す会議を開催した。計4回の「検証及び再発防止策検討会議」を経て9月14日、『現行制度下における対応としても不十分な点が認められ(中略)現行制度の運用面の見直しのみならず、制度的対応が必要不可欠である』とする中間とりまとめを発表。その後、検討会議は継続され、12月8日、措置解除判定の厳格化と退院後の所在確認などを提言する報告書が取りまとめられた。

 同報告の中で精神医療に関しては、「措置入院中から都道府県知事等が退院後支援計画を作成すること」、「措置入院先病院が退院後支援ニーズアセスメントを実施し、それを都道府県知事等に確実に伝達すること」、「退院後は退院後支援計画に沿って、保健所設置自治体が退院後支援全体を調整すること」の必要性が盛り込まれている。実現の可否はさておき、報告書の提言内容は、いたって当たり障りのない、言葉を選ばずに言わせてもらうと、上っ面だけの内容だった。

殺意を確認しても、「逮捕」の
判断を下さなかった県警

 相模原事件が発生した最大の原因は、措置入院制度の不完全さなのか? 警察の初動の拙さ(判断の甘さ)と、精神医療と行政との連携の弱さという、「そもそもの問題点」を充分に議論せずに、このような事件の再発を防げるのだろうか?

 中間報告が出される10日ほど前、厚労省の調査によって、計100人ほどの医師が「精神保健指定医」の資格を不正取得していたことが発覚。その中には相模原事件加害者の措置入院に関わった医師もいたことから、メディアの論調は一気に『措置入院中の診断と治療が不適切だった』、『退院(措置解除)の判定が間違っていた』という方向に傾いたが、この事件の原因を精神医療に見いだそうとするのは、筋違いも甚だしい。

 入院期間の長短はあるにせよ、措置入院を託された精神科病院の役割は、精神疾患の診断と治療であり、犯罪の防止や個人の思想の矯正ではない。精神保健指定医資格の不正取得問題に関しては、明らかに別種の問題なので、これについて論じるのは機を改めさせていただこう。いずれにせよ、精神科病院に犯罪抑止の責任(の一部)が委ねられたのは、ライシャワー事件発生後に制定された「精神病者監護法」の時代までである。

 さて、警察とのなれ合いが指摘されることも多い報道各社は声高に指摘しなかったが、相模原事件を引き起こした最大の原因は、警察の対応の拙さ、もっと言えば怠慢ではないのか。

 植松容疑者が、「障害者総勢470名を抹殺することができる」旨の手紙を渡しに行ったのが、2月15日。報告を受けた神奈川県津久井警察署は、翌日から施設周辺のパトロールを強化し、施設に対して防犯カメラの設置を助言するなど、一応は常識的な行動を始めた。同19 日、施設において園長が容疑者と面談を行い、津久井警察署員も待機。園長からの報告を受け、同署員が改めて容疑者の面談を行った際、植松容疑者は明確に「日本国の指示があれば(重度障害者を)大量抹殺できる」などの発言を繰り返している。

 実際の犯罪を起こしていなくても、『異常な挙動や周囲の事情から合理的に判断し、応急の対応が必要』と見られる者を発見した際は、警察署に連行後、逮捕及び拘置できることが、警察官職務執行法に記されている。これは、ネット上に殺人予告や爆弾設置の書き込みを行った者が、威力業務妨害や為計業務妨害などで逮捕される事件が相次いでいるのを見ても判るとおりだ。

 植松容疑者は、襲撃予定の施設名を挙げた上で、「重度障害者施設の障害者470人を抹殺する」、「職員の少ない夜間に決行し、職員は結束バンドで身動きをとれなくし…」と、極めて具体的な犯行計画を手紙と口頭で(しかも、警察官の面前で)述べている。にも関わらず警察は、いったん警察署に連行したものの、逮捕の判断を下すことなく、相模原市に報告。市は指定医の診断を経て、容疑者を北里大学東病院に緊急措置入院させた。

“臭いものに蓋”的な政策が
大量殺人事件を生んだ

 事件後、数回にわたり行われた記者会見。「なぜ事前に(植松容疑者を)逮捕しなかったのか」との質問に神奈川県警側は、「『グレーゾーン事例』であるため、人権保護等の観点から、精神保健福祉法に則り、市に通報した」など回答していた。

 「グレーゾーン事例」とは、自傷他害のおそれが精神障害によるものかどうかの判断が難しい事例のこと。人権保護の観点を蔑ろにはできないまでも、事件前、津久井警察署は施設周辺のパトロールを強化せざるを得なくなり、施設側も16台もの防犯カメラ設置の出費を余儀なくされている。人権云々以前に、威力業務妨害罪の構成要件は完全に満たされている。結局、警察側は、面倒ごとを自治体と病院に押しつけただけではないのか。

 もう一つの問題点は、精神医療と行政との連携の弱さだ。緊急措置入院後、東病院の主治医は尿検査を行い、大麻成分陽性の結果を確認している。尿検査と同じ日、「今後も障害者を抹殺する」との言動が他の患者の病状に悪影響を与える可能性があったため、隔離を開始。すると翌日以降、隔離室のドアを蹴る、スタッフに対して大声を出すなどの粗暴行為が認められるようになった。ところが東病院は、大麻使用が明らかになったことも、障害者殺害の発言も、警察と自治体には報告していない。警察側からも、容疑者のその後の様子を確認する連絡は無かったという。

 「大麻取締法」は面白い法律で、大麻の所持や購入、譲渡及び販売が確認されれば懲役刑が科せられるが、使用には罰則が設けられていない。病院側も尿検査の結果を受けて、鑑別診断名の第1を「大麻使用による精神病性障害」としているが、「所持や購入が確認されなかった」ので、警察に報告しなかったのだという。しかし、「購入」しなければ「使用」もできないことは、誰が考えても明らかなこと。疾患や治療内容を、病院側がこと細かく警察に報告する義務はないのだが、大麻使用が明らかになっても警察に報告しなかったのだから、もはや「連携」などあったものではない。

 3月2日、措置解除が決定。その後、数度の外来治療と、ハローワークや市福祉事務所への来所記録はあるものの、5月下旬の外来予約をキャンセルした後、事件発生当日まで、市も警察も、容疑者の行動を把握していなかった。結局、警察も行政も、容疑者の処遇を病院に押しつけっぱなしだったわけだ。それも、『国から許可を得て障害者を包丁で刺し殺さなければならない』との凶悪な発言を繰り返した人間を…である。

 我が国はこれまで、精神疾患者や知的障害者に対して、“臭いものに蓋”的な政策を推し進めてきた。今回の事件の舞台となった施設も、近隣に民家が建つようになるまでは、山間部の造成地にポツンと建つ集団生活施設だった。同施設に限らず、我が国の障害者施設の大半は、『障害者に良好な環境を』との大義名分の下、郊外にしか建設が許可されなかった。東京都が、複数の障害者施設を青森県内に建築し、現在も「東京都委託施設」として運営されている事実は、その代表的なケースと言えるだろう。

 2005年の「障害者自立支援法(現在の「障害者総合支援法」)」成立以降、さすがにあからさまな隔離政策は影を潜めてしまったが、国がこれまで、見て見ぬふりに近い障害者政策を行ってきた“ツケ”が、精神医療と行政との連携を希薄にさせ、「グレーゾーン」に対する警察の事なかれ主義を生み、凄惨な大量殺人事件を生み出したのではないだろうか。だとすると、国がそのツケを精算しないかぎり、第2、第3の相模原事件が発生する可能性は否定できない。

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