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コラム

大量の不正取得はなぜ発生したのか
禍根残す「精神保健指定医」事件

 『天網恢々疎にして漏らさず』という故事を思い浮かべた精神科病院関係者も多かったのではないだろうか。昨10月26日、「精神保健指定医」の不正取得に関わった指定医49人とその指導医40人が、資格取消しの処分を受けるという前代未聞の事件が発生した。処分が出る前に指定医辞退を届け出た医師や、資格申請中だった医師を合わせると、不正認定された医師は実に101人。しかし、この指定医資格の不正取得、実は一部の精神科医師の間では、前々から知られていた“お目こぼし行為”だったというのだ。

精神科病院で行われていた
「コピペ論文」レベルの行為

 「精神保健指定医」は、1987年の精神保健法改正によって定められた資格制度。申請するためには5年以上の医療実務経験と3年以上の精神科実務経験、厚生労働省が定める精神科臨床(中毒性精神障害、児童・思春期精神障害、症状性または器質性精神障害など)の経験が必要で、さらに自身が主治医として治療に携わった8例のケースレポートを提出し、全て合格せねばならない。

 このレポートの審査基準が思いのほか“玉虫色”で、『患者の人権に配慮しながら適切な治療が提供されたことが読み取れるものでなければならない』など、審査する側の読み取り方によって合否が分かれる曖昧さは、以前から問題視されていた。日本精神科病院協会が主催する同指定医申請者向けの研修会でも、精神障害者福祉などについての講習に加え、ケースレポートの書き方を指導するプログラムが実施されるほど、レポート審査に合格するのは難関なのが実情だ。

 とは言え、同指定医は精神科医療の現場において、患者の人権擁護を図る責任者なのだから、精神科医として一定以上の知識と技量、医療者である以前に「人」としての資質が求められるのは当然のこと。レポートをまとめるのが面倒だから…と、途中放棄するような人物に、治療が長期化することも多い精神科医療の責任権限を与えられるはずがない。

 厚労省が資格を取り消した精神保健指定医と指導医らは、資格取得に必要なケースレポートを、自身では診察していないにも関わらず、資格取得している同僚医師のレポートを使い回したり、すでに合格判定が出ているレポートをフォーマット化したり、指導する立場の医師が内容確認もせずに“目くら判”を押すなどの行為が明るみに出たもの。Webサイトからコピペした文章やグラフを、学生がゼミレポートや論文として流用する問題に、各地の大学が手を焼いているそうだが、まさにそのレベルの浅ましい行為が、人権上の適切な配慮を必要とする精神科医療の現場でまかり通っていたわけだ。

一部の組織または法人が
不正の「素地」を生み出したのか

 販売業や製造業などの場合、同業者同士の競争が激しい地域ほど不正も発生しやすい傾向が見られる。厳しい競合に苦しんだあげく、談合が慣習化…といったパターンだ。不正ではあるものの、同情の余地が無いわけでもない。

 では、今回の資格取消し事件の場合はどうか。処分を受けた医師らは資格申請時、12都府県の26病院で勤務しており、地域別では兵庫県の22人を筆頭に、神奈川県13人、京都府9人、愛知県と大阪府が各7人など。これらの地域で、精神科病院が過当競争状態だった事実はなく、処分者最多の兵庫県における人口10万人あたりの精神科病院数は全国11番目。3番目の京都は全国37番目。過当競争が不正を生んだのではなく、その地域の特定の法人なり団体に、不正を起こす素地があったということだろう。

 実際、京都府の処分者9人のうち8人は京都府立医科大病院、愛知県は処分者7人全員が愛知医科大病院、兵庫も処分者のうち7人が兵庫医科大病院の医師だった。医師を教育・輩出し、地域における基幹医療を担うはずの大学病院が、このような不正行為を常套手段にしていたのだからタチが悪い。

 処分を発表した厚労省の精神・障害保健課は、「組織的な関与があるかどうかは確認できていない」とコメントしているが、精神保健指定医の新規申請に対する審査と、資格更新条件の厳格化を盛り込んだ改正精神保健法を、今年の通常国会に提出する方針を固めている。

大きく揺らいだ社会的信頼
これを機に“膿”を出し切らねば

 資格申請のためのレポート使い回しは、実は10年ほど前から、一部の病院で慣習化していた行為なのだという。「資格申請の制度自体が、すでに形骸化しています。『この病院は、指定医資格が取れるレポートを丸写しさせてもらえるんですよね?』と、真顔で尋ねる若手医師もいるほどですから」…。不正取得事件の報道後、筆者が最初にインタビューした精神科医のコメントだ。「聖マリアンナの一件が報道された段階で、この悪慣習に『メス』が入れられるのは時間の問題と思っていました」(同医師)。

 『聖マリアンナの一件』とは一昨年春、川崎市の聖マリアンナ医科大学病院でケースレポートの不正な使い回しが発覚し、指導医含め医師23人の精神保健指定医資格が取り消された事件のこと。この段階から厚労省は、2009年以降に申請された3000人分以上のレポートの精査を開始している。レポート使い回し行為は、遅かれ早かれ明るみに出る運命だったのだ。

 今回の不祥事をさらに面倒にしたのは、レポート不正が発覚した医師の中に、「相模原障害者殺人事件」の容疑者の措置入院解除を判断した医師が含まれていたこと。以前のコラムに書いたとおり、措置入院の解除を、大量殺人事件の発生原因の1つと考えるのは全くの筋違いなのだが、世間の人々は、そうは見ていない。不正レポートの提出を、「不正行為」と考えていなかった一部の医師や医療機関のせいで、精神保健指定医に対する社会的信頼が大きく揺らぐことになった。

 確かに指定医資格の有無は、医師本人にとっても、雇用する病院側にとっても重要な問題だ。医療保護入院や措置入院、隔離、身体拘束、移送時の行動制限などなど、指定医が判定する業務は多岐にわたり、資格の有無によって診療報酬の加算も違う。当然ながら、指定医資格を取得すれば雇用条件が良くなり、給与も、一般精神科医の数割は高くなる。

 しかし、だからといって、自身が関わってもいない症例の治療過程を、自分の実績だと偽ってレポート作成して良いはずがない。今回の大量処分を機に「膿」を出し切ってしまわないと、今後の精神保健医療のあり方に、大きな禍根を残すことになりかねない。

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