精神科ポータルサイト サイキュレ - Psychiatry Curation

精神科医療関係者様の会員登録をお待ちしております。  新規会員登録  ログイン

コラム

来る震災に「精神的ケア」はできるのか
僻地に残る「備え」への不安

子供が暴れ出す

 東日本大震災で発生直後から現場入りして支援活動をしている私が震災後6年経過しても関わり続け、そしてよりよい未来を一緒に描きたい、と思い続けている現場がある。

それは宮城県気仙沼市本吉町地区の知的障がいのある子供を持つ母たちのグループ「本吉絆つながりたい」である。

震災後の子どもたちの変化は凄まじかった。しかし、被災地の中でも「僻地」の地区では、その現実さえ広く知られることはなかった。この「現実」を新たなメディアで伝えようと、私は2013年9月、震災の現状を歌詞にし、歌曲を発表、そのCDのブックレットに知的障がいの子どもたちの実情を綴った。以下が冒頭部分である。

 「おぎゃー、があー、んぎゃー、があー」。その声を、叫び声を何と表現していいのだろう。体の底から絞り出される音は人の意識をすりぬけ、拡声器となった喉と口を通じて発せられる。それは声ではなく呻きであり、何かを伝える意味を持つなら叫びと言えよう。

 静まり返った子供が、突然表情を豹変させ、叫び声をあげて、床に頭をすりきれるほどこすりつけ、やがて起き上がり、近くにあるものを次々となぎ倒し、親になぐりかかり、その手で自分を痛みつける。その力は体に宿している総量を余すところなく発出され、破壊行為は予想不可能な壊れた風車のように暴れまわり、家の中は嵐となる。(引用終わり)

精神ケアが来ない

震災後、子どもたちが突然暴れ出すなどの行動の変化は、環境の激変により惹き起こされたと認識されているものの、医学的な証拠はない。しかし、現実として家庭崩壊を招きかねない事態に母親たちは連係し、「本吉絆つながりたい」が機能し、地域での放課後デイサービス設立に動いたのである。

同時に事務局長の小野寺明美さんは、震災により知的障がい者がどのような状況になるかを広く伝え、その教訓を世の中に役立ててほしいと訴え続けている。小野寺さんは「震災では子供たちのケアが必要なんです。しかし震災からこの6年、障がい児の精神的なケアについて、医師や臨床心理士など誰もこの地に入っていません。それが一番大変なことでした。入っていたら、少し状況が変わっていたかもしれません」と切実な思いを吐露する。

CDのブックレットでの実情の発信と同時に、私は当時、TBSの「報道特集」の担当者にかけあって、本吉地区の現実は取材すべき内容であると伝えた。その結果、約半年間の取材を経て2014年3月に特集として放送された。さらに2015年に仙台で開かれた第3回国連 防災世界会議のテーマ別セッション「多様性と災害対応~障がい者・LGBT・ジェンダー・外国人の視点から~」で、本吉絆つながりたいは発表の機会を得て、世界に震災後の知的障がい児の現状を発信することになった。

そこで小野寺さんはこう訴えた。

「災害の起きる前から、地域ぐるみで方法を考えること。災害弱者のために居場所を確保すること。そして、普段からお互いの理解を深めるために『交流の場や機会』を増やすことが必要です。『災害弱者』をつくらない地域は、全ての人にやさしい地域です」「障がいを抱える子どもたちが、被災後の『平静さを失った社会』で経験したつらい出来事が、今でもトラウマになっている現実は、二度と起こしてはいけないことです」。

ゴールは見えない

そして今、小野寺さんは「震災後の息子に関しての経験を中心に語っていますが、まだまだゴールは見えません。本当に全然です。熊本地震の際、避難所では障がい者は『まったく』助けてもらえなかった、という報告を受けています。震災当初だけでも協力してくれるネットワークを作りたいですね」と話す。

具体的には震災時の初動で福祉的な支援をするためのチームの設立を目標に掲げる。すでに岩手県では「災害福祉広域支援推進機構」のチームが出来上がった。これは「プロの福祉集団」として、2013年9月に設置されたもので、同県内の福祉関係団体や医療・保健関係団体など官民学の協働による組織体で、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士、相談支援専門員など専門家のうち「業務経験3年以上」の者で構成された1チーム4-6人程度で被災地に派遣する仕組み。東日本大震災の避難所などにおける障がい者など災害弱者に対する支援を中心に対応するのが目的となっている。

「震災当初には障がい者向けの避難所が必要だと考えています。一般の避難所は普通の避難所の人の対応で精いっぱいです。福祉の避難所を、地域の神社や教会や私立学校を貸していただいて、例えば赤ちゃんのオムツなどの物資を備え、医療行為が出来る設備・物資を用意するなど、発生後5日、最初だけでもよいのです。そんな場所を登録制にして福祉避難所として対応できたら、笑顔を失ってしまう災害弱者を作らなくてもよいと思うんです」(小野寺さん)。

災害弱者を作らないことは「対策」ではなく、根本的な人を大切にしようとする思想の問題のような気がする。だから、問い続けていきたい。震災から6年。すべての人が安心できるまで、まだまだ備えは不十分だ。

(了)

  • 4851人見ました
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ページの先頭へ

コラムニスト

    報告 ID:t4VSZC5guO

    大人の私も多くのものを失い、ゆりもどしに苦しみます。
    まわりは自分のことで精一杯で、助ける気持ちも余裕もないですよ。

      ページの先頭へ

      facebookコメント

      ページの先頭へ

      関連コラム

      ページの先頭へ


      Top