精神科ポータルサイト サイキュレ - Psychiatry Curation

精神科医療関係者様の会員登録をお待ちしております。  新規会員登録  ログイン

コラム

自殺者は急かされている、という仮説
就労移行の立場から支援の在り方考える

減少する自殺者数

 2016年の自殺者数は21764人(速報値)で、前年比2261人(約9.4%)減、内閣府が毎年発表する年間自殺者は1998年に急増して3万人以上になった「3万人時代」から、政府が対策に乗り出し、2012年から3万人を割り込み、5年連続の減少となった。2万人時代が定着し、1万人時代も見えてきたが、まだまだ「大きな塊」であることには変わりがない。同時に政府の対策とともに数字が顕著に減少するのにも手放しで喜んでいるわけではない。ここには「数え方」の問題があることは多方面からの指摘がある(これは後日別の論考で考えたい)。

景気がよくなったのか、希望が増えたのか、貧困がなくなったのか。どれも10年前から状況は変わっていない、と思う。私の周辺で言えば、「働かなければいけない」雰囲気に気おされている精神疾患者を見ていると、社会の要請は否応なく「生産者」の道を押し付け、それが結局、人を殺すという状況も起こりやすくなっているような気がする。

遺書が訴えるもの

 引地さん お世話になりました もう一度会いたかったなあ

遺書に書かれた文字に私の名前を見たとき、私の胸を締め付けられ、そして、今でも締め付けられたままの感覚からは解放されていない。

うつ病が回復し福祉施設で働いていたはずの彼は40代で自ら命を絶った。遺骨と遺影、彼の性格をあらわす「温」の字のついた戒名が記された位牌に手を合わすと、遺族が遺書のコピーを渡してくれた。

東京都内の就労移行支援事業所に通う彼の相談に乗り、調子が戻って就職して、「やりました!」と報告してくれて、メールで祝辞を伝えて、「いつか祝杯をあげよう」と言いながら、忙しさに時は流れた。「元気でやっているはず」は期待という思い込みだった。その笑顔や幸せな姿を思い浮かべると悔しさは感情の塊となって、心に影を落とす。どしりと、重い塊が投げ込まれる。「もう一度会うべきだったんだ!」と、心に怒声を投げかけてみる。でも、戻らない。

母親は苦しい素振りを見せなかったことに「今更ながら」と「もう少し心を分かっていたのなら」と声を落とす。心配をかけまいとした彼は病状を隠し、結果的に頑張った分の負債を最も悲しい形で払ったことになる。それは、重く苦しい「孤独」からの解放だったかもしれないが、やはり苦しかったのだと思う。

足場固め

頑張ってしまうのは、いち早く就労しなければならない、という世の中の雰囲気という圧力がある。就労移行支援事業所もその雰囲気に流されがちだが、ここは堪えて、当事者とコミュニケーションをとりながら社会に出るタイミングを見極めるのが支援者としての本来の役割であると考えたい。その手法としてアセスメントの運用が一般的であろう。

私が参加した国立障害者リハビリテーションセンターで開催された就労移行支援事業所向けの「発達障害就労移行支援者研修会」での説明では、就労に向けたアセスメントは「心と身体の健康管理」「日常生活の管理」「職場生活の適応」「職務の遂行」のステップが基本だが、世の中の雰囲気の中でステップがスキップしてしまうこともある。健康管理がなさなければ一般企業という経済社会の荒波に向かうのは難しい。この研修会でも、公共機関の担当者から就労者数を増やすことが役割だと指摘され、一般就労させられない事業所に「何をやっているのか」と叱責の言葉が投げかけられた。支援者も「まず就労」と急かされている情勢なのである。

立ち止まる勇気も

そんな叱責に肩をすくめながら、アセスメント順守と荒波への支援の難しさを感じている事業所は少なくない。現場を知っている事業所は、頑張った末に病気を再発し治療から始めなければいけない実態を知っているから「そうは言っても」という雰囲気が漂う。

アセスメントの順守は当事者自身の足場固めであり、人生の重要な土台づくり。就労移行という言葉に惑わされないことは、事業所の役割とその存在と矛盾してしまうが、命を考えると、スキップはやはり危険である。

企業等の従業員数に応じて障害者雇用を義務付ける割合である2%の法定雇用率を遵守していない企業は、半数以上(2015年6月現在、以下厚生労働省調べ)の52.8に上ることを考えれば、まだまだ市場はあり、精神障がい者が社会に浸透してきたことを考えれば、「いざ就労」と思いがちであるが、ここで立ち止まる勇気も必要だ。

2013年に引き上げられた現在の法定雇用率は今後も引き上げられる見通しであり、「精神分裂病」との表現がメディアでも普通に使われ、疾患者への差別が根底にあった社会は2002年まで続き、当事者や家族の運動により「統合失調症」の表現に切り替わってから、約14年。この間、「精神保健福祉手帳」の交付数は飛躍的に増加し、2004年度の33万5064人から9年後の2013年度は75万1150人と倍以上となった。

自己実現を助ける

この両年度でハローワークへの精神障がい者の新規求職数と就職件数は、2004年度が新規求職数1万467人に対し就職件数3592人、2013年度は新規求職数6万4934人に対し就職件数2万9404人と総量が5倍以上となっている。

 多くが「手帳」を持ち疾患を自覚しながら就労を求めていく。障がい者就労がビジネスとなって人材派遣企業も事業化し始めるなど、この流れは大きな渦となっている。

 この雰囲気の中で冒頭のような悲劇を生み出さないために支援者は冷静に社会に向けて支援するタイミングを見計らう妙技が求められる。まずはその人を本質的に「ケア」するのが基本としたい。「1人の人格をケアするとは、最も深い意味でその人が成長すること、自己実現をたすけることである」(ミルトン・メイヤロフ『Caring』)を再確認する必要がある。

(了)

  • 6343人見ました
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ページの先頭へ

コラムニスト

    報告 ID:64tB8h2RpB

    社会福祉の根底には費用対効果の概念が残っているのでしょうか。それとも成果の指標として社会復帰以外が想定されていないのでしょうか。社会復帰を急いだことと自死とに関係があるのか否か、本来ならケースカンファレンスとして討議され、同じ様な事例がどれ程あるのか、海外ではどういう取り組みがなされているのか、情報を収集し、何らかの方針変更を図るべきなのではないのでしょうか。現場ではそういう取り組みが出来ないとしても、福祉大学や福祉学部の研究者と協力して実態調査や提言に結びつけるという試みはなされているのでしょうか。教えていただければ幸いです。

      報告 ID:d7Y1wV8vMP

      無理に就労させることはないだろう。
      労働者は企業に搾取されるのは皆同じである。
      障害者や自殺未遂者は無理に社会に復帰する必要性を感じません。
      社会に復帰することは、殺人と同じである。

        ページの先頭へ

        facebookコメント

        ページの先頭へ

        関連コラム

        ページの先頭へ


        Top