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コラム

「精神保健福祉法」の改正だけで
過去の失策の“ツケ”は解消できるのか?

 いささか品の無い諺を引き合いに出して恐縮だが、「江戸いろはかるた」の1枚に、『屁を放って尻窄め』という札がある。失敗が明らかになった後、あわてて隠したり取り繕うことの例えなのだが、先ごろ政府が閣議決定した「精神保健福祉法改正案」と、それをめぐる一連の騒動を眺めていると、「屁を放って…」の一節が思い出されてならない。相模原市で起きた障害者施設殺傷事件に端を発す、今回の法改正。安倍内閣叩きの好機を得たりとばかり、「精神障害者の人権保護」を旗印に反論を展開する民進党、社民党など。それを受けて、改正案概要文面から、相模原事件に関わる一節を急きょ削除した厚労省。すべての動きが、精神障害者に対する支援・保護政策を蔑ろにしてきた、我が国の政治の失態を取り繕っているだけに他ならない。

「監視」の強化が出発点である
今回の法改正案の趣旨

 今回の改正案は、相模原の津久井やまゆり園における大量殺傷事件発生後、直ちに組織された『事件の検証及び再発防止策検討チーム』による「検証及び再発防止策検討会議」の報告書がベースになっている。同報告書の主な内容は、「措置入院中から都道府県知事等が退院後支援計画を作成すること」、「措置入院先病院が退院後支援ニーズアセスメントを実施し、それを都道府県知事等に確実に伝達すること」、「退院後は退院後支援計画に沿って、保健所設置自治体が退院後支援全体を調整すること」など。

 2月28日付けで政府が閣議決定した「精神保健福祉法改正案」も、その内容をほぼ全面的に取り入れ、措置入院中の退院後支援計画の作成については「本人や家族を交えた調整会議を開催」すること、「自治体は地元警察などと地域協議会を設置するよう努める」こと、措置入院解除後、本人が何らかの事情で引っ越す場合は個人情報保護規定の例外として「転居先の自治体と計画を共有する」こと、医療保護入院に関しては、「家族らの意思表示がない場合でも市町村長の同意によって代替できる」ことなどが補足・追加された。さらに条文には、昨秋発覚した100人規模の「精神保健指定医」の資格取り消し事件を受け、指定医資格の取得及び更新時の要件を厳格化させる内容も盛り込まれている。

 精神障害者に対する医療について、自治体の担うべき役割を明確にしている点、障害者の人権尊重と地域移行の促進に配慮すべきことを、各地方公共団体に求めている点については、概ね正論だと言える。ただ、法改正趣旨の冒頭に、「相模原市の障害者支援施設の事件(中略)二度と同様の事件が発生しないよう法整備を行う」との文言を入れた(現在は削除済み)のは、いかにも“お役所的”な失策だった。

 改正案のベースを作成したのは、大学の法学教授を座長とするチームで、精神科医療に関してエキスパートと呼べるメンバーはいなかった。しかも、チーム発足を指示した安倍晋三首相が求めたのは、チーム名が示す通り「事件再発防止策」の検討であり、「精神障害者の人権尊重」は、後付けに近いお題目である。政府が、今国会での成立を本気で考えているのなら、少なくとも精神障害者への監視強化を匂わせるような文脈は事前に見直しておくべきだった。

 結果として、その不用意な部分を、政策の対立軸が不明瞭なまま“何が何でも安倍反対派”の政党に叩かれることになった。

急きょ変更された検討の主題
首相発言と矛盾する厚労省の説明

 法改正の方向性に対しては、政治的な動きが起きる以前から、精神障害者やその支援者らの任意団体、精神科医療関連学会などから多くの反対意見が投げかけられていた。代表的な意見としては「精神保健福祉法を治安目的に用いている。本来の法の目的と合致しない」、「精神医療の不備が相模原事件を生み出したかのような印象を国民に与えることになり、認められるものではない」、「精神科医療の役割は病状の改善であり、犯罪の防止ではない」など。

 もともと今回の法改正は、昨年初に1回目の会合が行われた、厚労省『これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会』による医療保護入院制度について見直し検討からスタートしたもの。ところが同年7月、件の相模原事件が発生し、被疑者の措置入院歴が大々的に報道されたことにより、急きょ、「措置入院制度の見直し」が検討の主題に切り替えられた経緯を持つ。つまり、半年少々の“急ごしらえ”で作成された改正案だ。そのため、閣議決定の1週間ほど前、相模原事件容疑者の精神鑑定留置が終了し、鑑定結果が完全な責任能力を認めるものであることが判明しても、もはや措置入院制度の見直しと事件の再発防止策とを、切り離して再構築する余裕は無かった。

 障害者福祉関連の団体などから意見書や要望書が出されるたび、厚労省は「犯罪防止を目的とした改正ではない」と強調していたが、安倍首相ならびに塩崎恭久厚労相は実質的な審議入りの前、「相模原市で起きた殺傷事件を踏まえ…」のコメントを再三にわたって述べ、与野党議員らの協力を呼びかけている。そのことを取り繕うかのように厚労省は、すでに参議院の審議に入った改正案の、相模原事件に関する文面の削除を与野党に申し入れたのだが、一部分とは言え、改正法案の趣旨を審議中に削除するのは異例中の異例。野党側から、「法案の大前提が変わったのであれば条文も見直すべき」という、さらに大きな反発の声が上がることになった。

 ただし、「(法案は)障害者への差別や偏見の助長につながりかねない」と主張する野党が、障害者の人権擁護にそれほど積極的に取り組んできたかというと、そうした実績はあまり見られない。ちょうど1年ほど前、「障害者総合支援法」の改正案を巡る参考人質疑で、難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の出席を自民・民進の両党が拒否し、責任をなすり付け合う醜態を晒した事件を覚えている方も多いのではないだろうか。障害者に対する差別を禁止した「障害者差別解消法」が施行され、1ヵ月少々しか経ってない時期に…である。

 結局、法改正も、それに対する国会での反発も、単なる政治家たちの茶番劇ではないのか。

過去の政策の取り繕いではなく
真の「精神保健福祉」を願う

 数ヵ月前、本コラムで述べたように、相模原事件の発生原因を、精神科医療や措置入院制度のあり方に見出そうとするのは筋違いである。問題視すべきは、政府が延々と推し進めてきた、精神疾患者や知的障害者に対する“臭いものに蓋”的な政策であり、その国策下で醸成された、面倒な患者は病院に押しつけるという、地方公共団体の及び腰の姿勢だ。

 国会で繰り広げられている、精神保健福祉法改正を巡っての与野党の丁々発止は、“放られた屁”を隠すための“尻窄め”に過ぎない。政治家の茶番に惑わされることなく、論点をまとめよう。措置入院患者の継続的なサポートを自治体に義務付ける改正法案の骨子自体は、従来の自治体の“病院に押しつけ”姿勢を是正する上で、大いに賛同したい。措置入院者に対する生活環境相談員の選任が盛り込まれている点も、退院後、医療等の支援を継続的かつ確実に受けられるようにする上で、望ましいことと言える。

 ただ、それらを実践するには、それ相応の医療・福祉のリソースが各地域ごとに必要だ。保健所や保健センター、精神保健福祉センターなどの精神障害者支援機能を、これまで以上に拡充させねば、改正法は“絵に描いた餅”で終わってしまう。同時に、「措置入院患者の継続的なサポート」が、単なる管理・監視にならないような配慮と、そのための情報共有手法も検討せねばならない。果たして、それらのことは実現可能なのか。

 そもそも…の話になるが、精神科医療だけを他の医療と切り離し、患者の処遇を法によって規定すること自体、精神障害者に対する差別だと考えられなくも無い。せっかく法のあり方について審議するのであれば、そうした点まで踏まえた上で、過去の政策の取り繕いなどではない、真に『これからの精神保健医療福祉のあり方』を模索していただきたいものである。

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コラムニスト

    報告 ID:CNyzC0OqhS

    至極まっとうな意見だ。まさにその通り。

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