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コラム

精神的に追い詰められることで
「ごく普通の人」「優しい子ども」が家族殺しに走る

 殺人をはじめとする凶悪犯罪を実行した人物に、脳機能障害や精神疾患が見られるケースが少なくないことは、以前から知られていた。ところが最近は、心身とも健常だった人物が心理的に追い詰められた結果、一時的に高次脳機能障害に近い状態に陥り、主に近親者を殺傷する事案が増えている。記憶に新しいところでは今年6月、小郡市内で発生した、現職警察官による妻殺害(子どもに対する殺害は7月現在も取調中)事件。福岡県警に約15年間勤務した容疑者が、妻を殺害するに至った心理状態とはどのようなものだったのか。人の心理状態とは、追い込まれ追い詰められることで、どのように変容するのか。

どこにでもいる「不器用な大人」が
殺人者に変貌した背景

 容疑者の妻だけでなく、小学4年生の長男、1年生の長女まで死亡という痛ましい事件となった「小郡市母子殺人事件」。福岡県警は当初、母親による無理心中事件として捜査を始めたが、不審な点が多かったことから事件翌日の未明、県警小郡署に捜査本部を設置。翌夕方、亡くなった由紀子さんの夫で、巡査部長・中田充容疑者を殺人の疑いで逮捕した。同被告は逮捕直後から、一貫して起訴内容を否認しているが、県警側は、被告が自身の子ども2人の殺害にも関与したとみて捜査を続けている。

 妻殺しで逮捕・拘留中の被告は、県内の大学を卒業後、2002年秋に警察官に任官。警察官を志していたわけではなく、大学卒業時には就職が決まらず、たまたま福岡県警の採用試験に合格した。そのせいか、勤労意欲は決して高い方ではなかったようで、ここ10年間ほどで5回以上も、本人の希望で転勤したと報じられている。人間関係を築くのも上手ではなかったらしく、転勤した先々で何らかのいざこざを起こし、それでまた転勤願いを出し…の繰り返しだった。

 まあ、そこまでなら、どこの職場にもたまにはいそうな、“人付き合いのヘタな不器用な大人”で済むのだろうが、殺された妻の側が少々キツい性格だったのが、容疑者を追い詰める原因となったようだ。まず、夫の昇進の遅さに対する不満。

 福岡県警の場合、大卒の採用であればだいたい30歳代前半に、警部補に昇進するのが普通なのだという。しかし、巡査部長だった中田容疑者は、何度か昇進試験を受けたものの合格できず、そのたびに妻は夫に詰め寄り、夫婦ゲンカになっていたとの証言がある。夫の昇進の遅さによる将来への不安感が関係しているのか、妻の由紀子さんは、やや育児ノイローゼ気味でもあったらしく、それもまた、夫婦仲を悪くする一因になったのは想像に難くない。

 また、事件現場となった小郡市内の自宅は、夫の度重なる転勤願いに嫌気がさし、妻側の姉や母親の家に近い場所に、妻主導で2年ほど前に購入したものだった。犯行当時の容疑者の勤務部署は、福岡県警本部(福岡市博多区)の通信指令課なので、通勤時間は片道1時間少々。福岡県民の感覚では、かなりの長時間通勤だ。それまで、転勤のたびに職場に近い官舎に入居していたとのことで、自身は望んでなかったマイホーム購入のせいで、通勤時間が一気に長時間化した毎日は、それ相応のストレスになっていただろう。

 犯行の数日前、警部補昇進の試験が行われ、犯行前日に二次試験の結果発表。中田容疑者はやはり不合格で、その夜も激昂する夫婦の声を、近隣住民が耳にしている。そして、報道されたとおりの事件が発生。容疑者は、妻の死体のそばに火のついた練炭を置いたり、油をまくなどの偽装工作も行っていたようだが、不審死現場の捜査実情を知っている警察官とは思えぬほど、矛盾だらけの工作だった。

周囲の評判が良い人の方が
「家族殺し」の加害者になりやすい!?

 10年間に転勤願いを5回、転勤する先々で人間関係のトラブル…という情緒不安定さは垣間見られるものの、近隣の人々からの評判は決して悪くはない。寡黙だけれど子煩悩、地域の子供会行事やお祭りなどにも積極的に参加していた。そういう人物がなぜ、妻(場合によっては実子2人も)殺害という凶行に及んだのか。

 ここ数年、「ごくごく普通の人」「おとなしくて優しいタイプの人」と見られていた人が、親や祖父母、配偶者などを殺傷する事件が相次いで発生しており、増加傾向すら見られる。そのうち一部は、事件後の精神鑑定で、何らかの脳機能障害や精神疾患が確認されているが、そうでないケースの方が圧倒的に多い。そして、表現は多少異なるにせよ、犯行者の供述内容で共通しているのが、「殺す以外に方法は無いと本気で思った」という心理状態。いわゆる衝動犯罪にありがちな、「ついカッとなって我を忘れ…」という供述は少なく、比較的冷静に殺害に至っている事例が大半を占めている。

 累々と積み重ねられた夫婦間や親子間の不満、厳しすぎる親からのしつけや、配偶者からの暴言・暴力、その他の過剰な心理ストレスが原因となり、心理学では『自我の狭縮』、精神医学でも『意識狭縮』と呼ばれる状態に陥った末の犯行ということだ。この心理状態が続くと、能動的に解決策を見出そうとする意欲が消失し、自我の存在も狭まり、相手の“存在を消す”以外に、自身の未来は無いという思考が支配的になってくる。これに、『環境的な抑圧』が重なると、蓄積された不満や怒りは攻撃意識に変化し、相手の存在が消えれば、この苦悩からも逃れられるという『現実逃避』心理に結び付き、犯行動機としては十分な殺意が生まれる。

 親殺しや配偶者殺し事件の背景には、往々にして『環境的な抑圧』が存在しており、反発・反抗することが許されないほど厳格な家庭環境で育った、「しつけのしっかりした良いお子さん」が、ある日突然、凶行に及ぶ事件が多数見られる。小郡市の母子殺人事件も、警察官としての体面上、近隣住民の目に触れるところでは「良き夫・良き父親」であらねばならなかった抑圧環境が、犯行の背景にあったのではないだろうか。

 『自我の狭縮』の心理状態は、他者ではなく自らを殺傷する方向に意識が向かうことも多く、若者の自殺の場合、これに『死の観念の美化』が加わることで、周囲の大人が考えるよりもはるかに簡単に、自分自身が“存在を消す”対象になるのだという。

自殺防止対策と同様の
「ゲートキーパー」が必要になってきた

 脳機能障害、もしくは精神疾患があって殺人事件を起こした人物の多くに、前頭前皮質の活動、特に背外側前頭前皮質や下前頭領域の活動の異常が認められている。人は多くの場合、他者を殺したいほど憎んだり怒りを蓄積していたりしても、実際に「殺す」という行動を起こす前に、その行動を制止する意識が強く働く。実際には、凶器を手にしようとした瞬間に、それを持てなくなる、あるいは凶器を手に取りはしたものの、それを振り下ろそうとした瞬間、腕が動かせなくなるといった、『禁止反応』を脳が起こす。

 ところが、前頭前皮質の働きに異常があると、「人を殺してはいけない、その行動を中止しろ」という前頭領域の指令が、行動を起こす運動野や大脳基底核ニューロンに届かない、または活動を抑制させるのに間に合わないというわけだ。そのため、前述の障害を持つ殺人者の場合、「気がついたら相手が血を流して倒れていました」といった種類の供述をすることが多い。

 脳に何ら障害を持たない人でも、『意識狭縮』と『環境的な抑圧』が長期的に重複し、“引き金”となる何らかの事象(過度の叱責や口論など)が発生することで、前頭前領域の活動が、一時的に脳機能障害と同じ状態に陥るのではないかと、近年の大脳生理学の研究では説明されている。

 一方で、急激な核家族化が「家族の孤独化」と、地域における「人間関係の希薄化」を生み、人にとって最大のタブーである「家族殺し」の歯止めが効きにくくなっている…とする社会心理学の報告もある。アニメやコミック、ゲームなどの過激化と、それによるモラルの低下を、親殺し事件増加の遠因として挙げる社会心理学者も少なくない。こちらはやや概念的な説であり、立証する方法も防ぐべき手立ても見つけにくいが、家族殺しの増加を『現代社会の負の部分』と大きく括ってしまえば、いずれも頷ける内容と言えよう。

 前述のように、意識狭縮と環境的な抑圧、現実逃避感情が重なったことによる近親者殺しは、自殺と紙一重の行為だ。自殺企図者の多くに「自殺のサイン」が見られるのと同様、殺人企図者にも「殺しのサイン」が生じる。小郡市で起きた母子殺人事件の真相は、今後の捜査の進展で新たな事実が出てくることになるだろうが、中田容疑者は犯行に至る数ヵ月前から、数少ない親しい同僚数名に「家にいると気が休まらない」、「子どもがある程度成長したら離婚するつもり」など、本音を吐露していたそうだ。

 国内での自殺者数が10年連続で3万人を超えた08年、厚労省は自殺企図の抑止を図るため、自殺サインに気づいてあげる「ゲートキーパー」の啓発を積極的に推進した。その甲斐あって2012年以降、自殺者数は2万5000~7000人に減少している。「ごく普通の人」「おとなしい良い子」と思われている人々が、凶行に走る前に出すサインを気づいてあげるゲートキーパーの重要性も、そろそろ国をあげて検討しても良いのではないだろうか。

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コラムニスト

    報告 ID:TBJL10N0s5

    「殺人をはじめとする凶悪犯罪を実行した人物に、脳機能障害や精神疾患が見られるケースが少なくないことは、以前から知られていた」これは、精神障害者への偏見を煽るというマスコミの大罪でしかない。

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