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コラム

真剣な舞台で、社会に乗り出せ
就労移行支援「パスセンター」の挑戦

アドリブで完成

横浜市港南区の就労移行支援事業所「パスセンター上大岡」は、面接対策やコミュニケーション力向上に向けて取り組み始めた演劇を真剣に行っている。8月は同市内で開催中の「ヨコハマトリエンナーレ2017」の応援プログラムとしても公式に認定された演劇作品「ORION~蠍の瞳~」を同市内のホールで一般観客向けにも披露した。

原作、演出、出演の総勢12人はすべて何らかの障がいや疾患のある利用者。全体の指導を担当した同事業所の生活支援員であり、長年、演劇の世界で生きてきた阿久井孝真さんは舞台終了後「最終的にはほとんどがアドリブでした。みんな緊張していたけど上出来です」と利用者の成長ぶりに目を細めた。会場には180人の来場者がおり、事業所側は「何人来るか分からなかったが、始まってみたらびっくり」と話した。

 「何かができないから人間なんだ!」「できることだけを全力でやるだけなんだ!」。

就労や社会復帰を目指す利用者の実感が生まれたセリフがクライマックスとなる舞台に主人公はいない。結婚詐欺の犯罪グループを追う警察やその知り合いが織りなす人間ドラマに、「パスセンター」をモチーフに繰り広げられる物語は、1人1人の役割を演じることでストーリーが成り立っていく仕組みだ。警察官や被害者、純真な女性や詐欺師、なぞの女性が登場する展開。本番では、誰もが緊張を隠せなかったが、稽古を繰り返したことで、自然に声を張り上げることができた。

原作と演出担当の利用者は「やりきった感じがします。みんなが協力してくれた。いろいろな人たちに感謝している。理想のようなものの表現があって納得出来なかった部分もあったが、最後はみんなに任せられた。同時に自分もやりきろうと思った。将来に何らかの糧になると思う」と弾んだ声で話した。

自分の役割、仲間に任せる

 自分の役割をやりきる、仲間に任せる、協力する―。

出演者らの口から出されたフレーズは、就労移行支援事業所で就労に向けた大きなポイントである、「コミュニケーション」の問題点と重なる。日本経済団体連合会が2016年度の新卒採用に関する調査では、「選考の重視する要素」の第1位は13年連続「コミュニケーション能力」。各事業所でも能力向上に向けた取り組みが求められているが、「決め手」がないのも事実。それは最近の子供が「コミュニケーション力が低下」していると指摘される教育現場でも同様で、演劇手法を学校教育に取り込んでいるところも多い。

その旗振り役の一人である劇作家の平田オリザさんは、文部科学省コミュニケーション教育推進会議委員の座長を務め、平田さんのワークショップの方法論は小中学校の教材でも紹介、障がい者とのワークショップなど演劇教育プログラムの開発などを展開している。民間の研究所とのインタビューで演劇によるコミュニケーション教育についての効果をこう述べている。

「演劇を通じた取り組みで、居場所作りができて、それが生徒の意欲を引き出すこともある。もう一つの効果は、この非日常体験が深化し、日常に定着していくということです」。さらに文科省の2つの狙いとして「学びのモチベーション」と「自己肯定感と自信の醸成」があると説明した。

事業所では「予想外」

今回のように就労移行支援の事業所が「本物の舞台」発表を目標に稽古をし、観客を集めて披露する例は稀であるが、本格的になったのはやはり阿久井さんという指導者がいてからこそで、演劇手法を取り入れた瞬間、それが「予想外に本格的だった」と施設長の浅岡徹さんは笑う。2016年に始まった取り組みは、阿久井さんの「中途半端な学芸会ではない。本物でなければ続かない」という信条のもと、舞台用語の説明から、本格的な台本づくり、そして演技指導まで、指導は熱を帯びた。「舞台は総合芸術であり、それぞれの分業が成り立っていることが大事。それを作り上げるのは相手を信頼できるコミュニケーションツールとして最適だ」(阿久井さん)との考えを基本とし、結果として、演劇指導を受けた利用者が面接の結果、地域の雇用センターから「礼儀正しい」という評判を受けたことから、その有効性の確信を得たという。

 観客席には、出演者の家族や関係者、福祉施設関係者、そして一般の方々。終了後に出演者はお見送りで来場者と言葉を交わしあった。

出演した女性は「最初は台本通りにやっていたのが、どんどんアドリブになった。自分がどんな役なのか考えてやりました。この経験は、面接に役に立つと思います。厳しく教えていただきましたが、社会に出たら厳しい人はたくさんいますから」と振り返る。別の男性は「練習よりも声が出ました。笑いもとることが出来ました。みんなと一緒に協力して導かれました。自分の力になったのでよかった。途中挫折しようと思ったが、練習・稽古を積んで、みんな負けられないと思った。母親が見てくれてよかったです」と言う。事業所側の「家にいるのとは違う、真剣な別の表情を見てほしい」という目的は達成したかもしれない。

そして、演劇により、出演者や関係者がどんな未来を描けるようになるのか。興味が湧くところだが、まずは稽古を重ねた出演者に拍手を送りたいと思う。

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