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コラム

認知症と「上手に付き合う」姿勢が
避難所でのBPSD多発を抑えた

 昨年4月に発生した熊本地震。九州では初、全国でも2度目(※)となる震度7の本震に加え、震度6弱の余震まで含めると、計7回の大きな揺れが熊本の内陸部を襲った。東日本大震災の前例から、避難所では認知症患者の徘徊やせん妄などの問題が、相当数発生すると警戒されていた。しかし、最後まで残った西原村(阿蘇郡)の避難所が閉鎖された昨11月時点の集計によると、当初予想されていたほどの混乱は発生せず、激しい周辺症状により避難所外搬送を余儀なくされた患者数も、ほぼゼロだったという。災害の規模と性質が全く異なるので、単純に比べるわけにはいかないが、避難生活による認知症患者のBPSD発生数が、東日本大震災後より圧倒的に少なかったのはなぜか。そのヒントになる熊本県内での取り組みについて、取材の機会を得た。

(※ 気象庁が、現在の震度階級を制定して以降)

熊本県独自の「熊本モデル」で
多数の認知症サポーターを育成

 最大時で18万人強、強い余震がほぼ収束した後も約11万人が、避難所生活や車中泊を強いられた昨年の熊本地震。非日常的な緊急時生活は、健常者であっても大きなストレスとなり、認知症患者にとってはBPSDを誘発しやすい環境であることは疑いようが無い。しかし、当初予想されていたほどの混乱が生じなかった大きな理由として、同県独自の認知症対策である「熊本モデル」の取り組みが、奏功したことがあげられる。

 「熊本モデル」とは、県全体を統括する基幹医療機関1病院と、県内各地域の認知症対応拠点を定め、その連携の輪を、かかりつけ医や介護事業所、さらに地域の民生委員などにまで拡げる仕組みづくりのこと。複数の県や地域が、熊本をモデルケースとした同様の仕組み作りを始めているが、熊本県の場合、厚生労働省が「認知症疾患医療センター計画」を発表した2009年から、認知症に特化した病診連携システムの構築に着手。熊本大学医学部附属病院の神経精神科を「基幹型病院」、もの忘れ外来を新設するなどで積極的な認知症対応を行っていた県内9ヵ所(当初。現在は11ヵ所)を「地域拠点型病院」に指定し、医療連携をスタートさせた。

 確たる治療法も、症状の進行を抑える効果的な方法も確立されていない分、『認知症に対する病診連携』は、えてして“かけ声”だけで終わるケースが少なくない。しかし同県では、基幹型である熊大病院が認知症専門医8人を地域拠点型病院に派遣し、診療技術向上のための講習会を2ヵ月おきに開催しているほか、認知症ケアに携わる人材の指導・教育も実施。一方の地域拠点型病院でも、地域内の開業医や介護施設、認知症の家族などと合同で、夜間徘徊をはじめとする高齢者対策の検討会を、ほぼ週1ペースで開催した。

 現在、熊本モデルに関わる計12ヵ所の医療機関全てが『熊本県認知症疾患医療センター』を名乗り、あたかも本当の系列病院であるかのような密接な連携を図っている。地震後の避難生活で、認知症患者のBPSDによる混乱が最小限に抑えられたことについて、基幹型病院の医師は「認知症と“上手に付き合う”という認識が、多くの患者さんや家族に浸透していたこと。その認識に基づく医療者や介護職者などが、避難直後から患者さんのケアに携わることができたことが大きかったですね」と語る。

多数の認知症サポーターも
混乱が生じなかった一因

 国内だけでなく、高齢化が進んでいる東アジア諸国からも注目されている「熊本モデル」。2015年秋には、日本初開催の「認知症アジア学会」が熊本市内で開催され、中国や香港、韓国、マレーシアなどの医療者が熊本モデルの取り組みを学んだ。

 同県が、全国に先駆けてこの取り組みを開始した理由は、「厚労省の計画通りにやっても、県全域の認知症患者をカバーできない」との判断から。厚労省は当初、全国150ヵ所の病院を認知症疾患医療センターに指定する計画だったが、人口比で計算すると、熊本県内ではわずか2病院しか指定されないことになる。そこで、県と熊大が中心となって地域拠点型病院を選定。大半の県民が30分以内で通院できる分布となるよう配慮し、「顔が見える医療」を目指した。

 取り組みの結果、認知症が疑われる高齢者が、かかりつけ医の紹介で地域拠点型病院を受診する件数、地域病院では診断が困難な高齢者が基幹病院を紹介される件数ともに、取り組み前の1.3~1.5倍に増加。また、「認知症サポーター」育成も進み、熊本モデルのスタートから5年で、人口あたり全国トップとなる約19万人のサポーターが誕生している。現在も、人口あたりのサポーター数は熊本県が全国一位だ。

 地震後の避難生活で、BPSDと思われる言動を起こす認知症患者が全くいなかったわけではないようだ。しかし、避難所内にも多数の認知症サポーターがいて、適切な声かけや介添を行ったことで、周辺症状の激化を抑えられた。「周辺症状を激しくさせる最大の要因は、患者本人も説明できないような不安感と恐怖心」、「家族や近所の顔見知りが認知症について理解していて、患者の行動を無理に制止したり、口やかましく注意したりしなかったことも、大きな混乱が起きなかった理由の1つでしょう」と、前出の基幹型病院医師。

認知症の負のイメージを廃し
「別の生き方」の始まりと考える

 熊本モデルに関わる「熊本県認知症疾患医療センター」の医療者たちは、「『認知症と上手に付き合う』ことが何よりも大切」との共通認識を持っている。ただしこれは、薬物療法などの必要性を否定しているのではない。

 アルツハイマー型認知症の主因とされるアミロイド蛋白の除去ワクチンを、より早期から投与した場合の症状の推移や、神経障害に結び付くタウ蛋白のリン酸化予防など、認知症治療の最新情報は、基幹病院である熊大病院神経精神科が中心となって共有を図っている。錯視や幻聴などによって錯乱状態の患者に対する、薬物による急性期治療なども、もちろん行っている。ただ、抜本的な治療法が確立されていない現状、治療薬の効果に一喜一憂するよりも、適切なサポートによってその人らしく暮らせる環境を整えることの方が重要…というのが、熊本モデルの基本スタンスだ。だから、激しいBPSDが発生している認知症患者を、“本人の安全確保”の名目で身体拘束するような医療行為は、決して行わない。

 「認知症の50~60%がアルツハイマー型だと言われていますが、剖検を許された患者さんの脳を調べると、アルツハイマー以外の脳血管障害などが見られることが多々あります」、「発症早期に専門医を受診し、診断をつけることは非常に重要。一方で、診断内容に基づく治療が本当に正しいかどうかは、最期まで判らないことが多いのです」(同医師)。だからこそ、患者本人が認知症であることを受け入れ、家族や周囲の人々が、予想される経過や予後を理解することの方が大切というわけだ。

 認知症に対する「負」のイメージを捨てさせ、“別の生き方”が始まったと考える気運を醸成することが、医療者の役割…。そうした熊本モデルの姿勢は、誰もが認知症の当事者となり得るこれからの時代、医療・介護・福祉の在り方の大きなヒントになるだろう。

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