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コラム

おじさんがホームで「金魚!」と言ったなら
高齢化時代を受け止める、とは何か

高齢者人口27・7%

 国勢調査による人口推計で、日本の65歳以上の高齢者人口は3514万人で総人口に対し27.7%を占めることとなり、1985年に10%を超えて以来、2005年に20%を超え、2040年には第2次ベビーブーム世代の高齢化により35.3%が高齢者になるという推計に着実に近づいている。

 高齢化社会への対応として2000年より介護保険制度が施行され、社会における福祉の位置づけは広く浸透しているようにも感じられ、私のいる障がい者向けの就労移行支援事業所のスタッフでも、高齢者福祉の仕事から福祉に携わり、その経験を活かして障がい者支援を行う人も少なくないから、福祉の浸透は支援する人口増にも確実につながっているようで、それ自体は歓迎するべきことなのだろう。

 同時に私たちが経験しているのは、高齢化による身体の機能低下の中で認知症というコミュニケーションに関する分野での障害が大きな問題として浮かび上がってきたことである。高齢化により福祉に携わる人や時間の量が増えれば、当然と今後は質が求められ、その質を追究しようとすると、フィジカルな機能低下には道具による対応が可能であるが、認知症に対しては、人の尊厳についてどれだけ深く考え、行動するかが問われてくる。

伯母が亡くなって

 そんなことを考えている自分にも、伯母が突然亡くなり、遺された義理の伯父の介護が突然やってきた、

伯母は昭和8年生まれで80歳を超えていたから、来る時だったのかもしれないが、入院していたわけではなく、自宅でヘルパーに頼ることなく、むしろ脳梗塞とパーキンソン病で不自由な体となった夫の世話をしながら、2人で過ごしていたから、予想外であった。夜中にトイレで倒れてそのまま息を引き取ったようで、やはり死は突然やってくるのだろう。

伯母の養女は行方知れずで、「迷惑をかけたので関係ない」と縁切りをし、一方で心配となった墓守は、実家の次男である私を指名し、公正証書に残した。それは7-8年前のことで、「そんなことをしなくても墓は見るから安心して」と言う私に構わず、その準備は着々と進められた。同時に夫の財産の管理を引き受け、文面にて整理をし、夫が亡くなった後のことを考えていたようだが、自分が夫より先に亡くなるとは、思いもよらなかったのだろう。

 公正証書に基づき、私は相続人として、義伯父の介護を担当することになった。担当、と言っても私は東京に住み、義伯父は仙台だから、自宅で看るのは不可能で、仙台の実家にいる私の両親の手も借りながら、やっていくことになる。

義伯父は運よく開所間もない特養老人ホームに入所し、真新しい居室で田園風景から差し込む陽光の中で、穏やかに暮らしている、と安心したものの、やはりそれは勝手なイメージであることに気付いた。

穏やかな居室の中

昼時に訪れた高齢者施設の中は静かだった。居室から出た中央のホールでの朝昼晩の食事は入所者それぞれが面と向きながら食べるが、静かに食器とスプーンがぶつかる音だけが交差し、会話はなく、それぞれが交わるのを拒否する空気さえ感じられた。食事を見つめて口に入れ、入れられ、食事を拒絶する人もいる。職員は懸命にお世話をするが、その行為は一方通行的に映る。お世話が有機的な作用を及ぼして、全体の空気が変わるわけではない。

そして、これは多くの高齢者施設の日常的風景である。

車いすに座した義伯父は、パーキンソン病もあり表情が乏しいが、来訪した私の姿を見かけると、顔をほころばせた。言語も明瞭に話すこともできず、物事の理解についても、一般的なレベルよりは劣るものの、嬉しさや悲しみは伝わってくる。妻が亡くなったことにも涙をし、昔の思い出が去来するのか、私と会話をしている最中にも時折、涙顔になってくしゃくしゃな表情になる。

つい先ほどまで、入所者と同じテーブルでご飯を食べていた時には、おかゆを拒絶し、おかずだけを食べていた仏頂面とは別人のようだ。居室には新しくテレビと小さな収納を購入し、置いているが、義伯父は壁面に何もないことが寂しいのか、壁を指さし「カレンダー」と声を振り絞った。

そして収納の上にぽっかりとあいたスペースを差しながら「金魚!」と叫んだのだ。

「金魚?金魚が欲しいの?」。そう質問する私に、叔父は目でうなづく。私は困って「ここは施設だから飼えないと思うよ」と言ってはみたが、それは答えではないことに後から気づいた。

命の尊厳とは何か

 「金魚を飼う」という行為は、「生きる希望」と解釈した。テレビをつけて虚構の世界に目を向けるよりも、そこで生きて動いているものに目を向けたほうが、心が楽しくなる。そんな思いで心を寄せてみた。 

「命の尊厳」「個人の尊重」などと、支援活動で偉そうに語っている私は、自分の介護で、その立ち位置を瞬間的にも忘れてしまったのだ。自宅であろうが、ホームであろうが、生きる希望とともに、私たちの命は成り立っている。そう考えたら健康だった時代の義伯父の姿がよみがえり、家には大きな水槽があって色とりどりの金魚がいたことを思い出した。

義伯父の戸籍には出生が樺太県(現在のロシア)と書かれ、戦後に宮城県田尻町に移り住んだようだ。仕事が終わればいつもお酒を飲んでいて、意味不明な言葉を口にし、酔っぱらった挙句に、義弟の私の父親が酒場に迎えに行き、家まで送り届けるのを何度も間近で見てきた。だから、酒癖の悪いだらしない印象があった。

しかし、私が高校生の頃、ふとした偶然で風雨の中を大きなトレーラーが行きかうバイパスを雨合羽姿で婦人用サイクルのペダルをこぐ義伯父を見た時、何ともいえない気分になった。義伯父は毎朝4時半に起き、自転車で2時間かけて仙台港にある倉庫作業の仕事を四半世紀以上続けた。雨の日も雪の日も、免許のない義伯父の唯一の交通手段である自転車で片道2時間を毎日通い続けた。

その愚直なまでの人生に、私は今、何かを持って労わなければならない、と考えている。そうすると、金魚を見ることで、楽しみを増やしたいという純粋な気持ちに何とかこたえなければならない、と自然に思うのである。

それが高齢者社会における私たちの正しい振る舞いなのかどうか、答えはないが、正しい一歩だと思いたい。

(了)

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コラムニスト

    報告 ID:QwqtTfpRQK

    金様のお陰であります!(本人)

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