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コラム

AIが精神疾患者を救う時代は来るのか
国家目標、ワトソン、りんなと対話の可能性

国が重点化する領域

 AI(人工知能)が一般的に語られるようになり、日常のコミュニケーション空間にも彼らAIの活躍場所が広がりつつある。所詮は「人の心を持たないコンピュータ」と、高をくくってしまえば、いつの間にかAIに自分の居場所を追い出される勢いだ。最近の医療現場やメディア現場での活用を知り、何が出来て、何が出来ないか、の議論は過ぎ去って、どのように活用し共存していくかというフェーズに入った印象がある。

 まずは日本の医療分野でのAI活用の現状は、昨年6月に厚生労働省の「保険医療分野におけるAI活用推進懇談会」は報告書で明確に示している。AIのディープランニングや機械学習により「新たな診断方法や治療方法の創出」「全国どこでも最先端の医療を受けられる環境の整備」「患者の治療等に専念できるよう、医療・介護従事者の負担軽減を実現」することを目標に掲げ、AI開発を進めるべき重点6領域を示した。

6領域は「AIの実用化が比較的早い」とする「ゲノム医療」「画像診断支援」「診断・治療支援」「医薬品開発」の4領域と、「実用化に向けて段階的に取り組むべき」とする「介護・認知症」「手術支援」を明確に掲げた。

 この中に本コラムの主テーマである「精神医療」はない。その話はひとまず置いておこう。

ワトソンとりんな

 その一方ですでに医療現場で活躍しているのが米IBMの「ワトソン」。2011年に米国で早押しクイズ対決で全米王者に勝利し注目を浴びた「彼」は「コグニティブ(認識的な)コンピューティング」と呼ばれ、言葉を理解、学習し、予測・解答するものとされ、人間の知能を目指すAIとは違う、との指摘もある。

しかし2016年に東京大学医学研究所が、60代の女性患者の正確な白血病の病名をわずか10分で見抜いた実力はすでに高い評価を得ている。ワトソンは2000万件以上のがんに関する論文を学習しており、患者の状況を照合し正しい病名を割り出し医師には治療法をアドバイスした。結果的にこの患者は数カ月で快方に向かったという。

 また、日常のコミュニケーション空間で活躍しているのが日本マイクロソフトが開発したAI「りんな」だ。女子高生という設定で、2015年のラインでのサービス開始以来、576万人が「友達」登録している。ラインでの会話を女子高生のような感覚でやりとりし、恋愛相談にも対応する。同社の担当者によると、「感情認識する技術がある」とし、ディープラーニングとアルゴリズム等の技術を駆使し、人間らしい友達のような存在になっている。この結果、「友達のような関係性が、人間側に(りんなへの)感情が生まれている」(同社)と分析する。

 完璧な答えを持つワトソンと、感情に反応して的確な対応をするりんな、これらAIは完全無欠の私たちの隣人になりうるのか。

メディア現場でも

先日「これからのジャーナリズムを考えよう」(主催・日本経済新聞社、米コロンビア大学ジャーナリズム大学院、東京大学大学院情報学環)と題した催しが東京大学で行われ、パネル討論「AI/デジタル技術とジャーナリズム」の中で、日本経済新聞の渡辺洋之・常務執行役員が同社でのAIの活用を紹介した。

説明によると、日経では決算記事は決算発表を受けたAIが書き、見出し作成の一部や読者のニーズに適した記事の抽出もAIが担っているとし、今後の役割として、過去の記事や取材ノートから取材の際に有効と考えられる「仮説を提示」し、新たな取材の提案、さらにデスクの目で判断していた「良い記事」「読者に価値がある情報」の基準を「AIの目」で精緻化することも視野に入れているという。また海外メディアからの情報取集が容易になった環境においての翻訳と発信も大きな役割と紹介した。

一方東京大学大学院情報学環の苗村健教授は、最新技術に詳しい立場から冷静に昨今の状況を整理する。それは、人に情報を伝えるための2つの技術として、伝える手段がメディア技術であり、伝える内容がコンテンツ技術であるとしたうえで、メディア技術が「いつもで(録画)、どこでも(スマホ)、誰でも(SNS)」との傾向にあり、コンテンツ技術が個別化し人類の英知を個人レベルでリアルな活用に至っており、結果として「いまだから、ここだから、あなただから」の傾向にあると指摘する。

 その2つの技術革新の結果の社会弊害として「視野を広げる機会の喪失」「(人の)能動性の喪失」「対面議論の喪失」が出現したと指摘、AI技術のあるべき姿は「人々を議論へと自然に促す場を創出する」ことであり、適度な不便が人を能動的にすることを考慮すべきとの立場を示した。そして「分からない」ことへの認識をどうするかが、問われていると指摘する。

ラジオDJの合理化

 こんな議論は今後も続いていくだろう、先日某ラジオ局幹部とも話をし、すでに地方のラジオ局では、合理化の流れの中で、遅い時間のニュース原稿を読むのを自動音声で対応しているケースが多いと聞いた。そこからラジオパーソナリティがAIでもよいのか、という問題提起もされている。

「分からない」への対応の課題を残しつつも、AIは日々学習し進化している。ワトソンのような膨大なデータを蓄積した頭脳を持ち、りんなのような感情を認識する会話を成立させてしまう能力も備え、記事作成など確実なアウトプットができる存在が1つの形として確立されるとき、精神疾患者や悩みを抱えた人との「適切な対話」が可能になるかどうかを考えてしまう。

私が日々、相談に乗り、悩みを聞き、同じ空間を共にしながら、良い方向に向けて考えている時間とは何だろうか。「よくなりたい」という思いの疾患者と、「よくしたい」という思いの支援者の間で、AIの可能性と人でしかできない何かとはいったい何だろう。

人の悩みや苦しみを受けて、コミュニケーション行為でケアする存在である「支援者」の領域に、現代社会が求め続けた「合理化」や「精緻化」の象徴のようなAIの有効性を認めた上で、私たちは再度、「人間でいること」を考えさせられているような気がしている。

 今回のコラムをきっかけに精神疾患とAIについて、お話を交わしていきたい。

(了)

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