精神科ポータルサイト サイキュレ - Psychiatry Curation

精神科医療関係者様の会員登録をお待ちしております。  新規会員登録  ログイン

コラム

「ケアなる精神」で社内の変革を
誇りと勇気備え生産性アップ

関わりあいがカギ

 社会での障がい者雇用の広がりとともに、各企業は障がい者雇用に悩み、工夫し、苦悶しているようだ。私のところにも相談がいくつかあり、その多くが、接し方や仕事の指示などのコミュニケーションに関することである。

 今回は障がい者雇用を受け入れる企業側から考えてみたい。

 日常的に障がい者と関わっていないと、どのように接していいかわからないのは当然だし、同じ会社で生産効率が求められる中にあって、障がいの心の在り様や実態がつかめず、仕事のパフォーマンスが未知数な中、何かの拍子で機能しなくなるのではないかという不安に支配されると、担当者も周囲も、障がい者雇用を前に立ちすくんでしまうような感覚なのではないだろうか。

 こんな状況に対し、私が常に話し続けているのは、お互いにオープンな関係を築いて、想像で語らず、今ある現実を一緒に見ながら対応していく道筋についてである。場当たり的な対応ではなく、道筋の中にある取組だと思えば、関係する人に苦しさはなくなる。その積み重ねが、やがてはその人だけではなく、周囲の人や部署、そして会社全体も変革することにつながるとの確信もある。その根底には「ケアなる精神」が必要だ。

「働かせ方」に注目

 つまり、障がい者雇用で働く障がい者は、会社内の「ケアなる精神」を育み、会社が社会の関わりの中で交流し成り立っていることの本質を気づかせてくれる、非常に生産的な存在となり得るのだ。これを実感するのは難しいし、信じるには大きな考え方の転換も必要。しかし時代はそれを求めているのは事実として受け止めなければならない。

 大企業は特例子会社で、法定雇用率に見合った数の障がい者を雇用し、いかにも社会貢献しているような顔をしているところが見受けられるが、私が注目したいのは、その「働かせ方」であり、その良し悪しを判断するのは、働いている人の声や表情である。

 簡単に言えば、障がい者だからと言って、一般社会と分断させて、黙々と同じ作業をやる仕事に、働く側の「幸せ感」は出てこない。職場でそんな本音は出さないから、我慢して耐えている方も少なくない。やっていて楽しいと思える仕事には、一般の従業員や社会・地域と交わっていることが必須である。普段の普通の人との普通のやりとりの中に社会での自分を実感できて、仕事が「楽しい」と思えるのである。

 だから、キーワードは分断ではなく、交流である。

 大きな企業でも小さな企業でも、一般の社員とどれだけ交流ができるかがポイントであり、同時にそれが自然であればなおよいだろう。

企業と支援機関で協働を

私が総括する就労移行支援事業シャロームは厚生労働省管轄の福祉サービスの制度スキームの中で運営しているから、どうしても「福祉色」となってしまう。それは大事なことで人を支援するには、経済的な感覚で生産性を高める時間の流れから離れて、福祉の時間の流れの中で活動するのが基本だ。しかし企業は「経済」の中で生きているから、時間の流れはスピードも質も違う。この違いを尊重し、福祉と経済の水の違いを深く理解し、相互にコミュニケーションをする力がスタッフには必要であるし、就労していく通所者が生産者になるには、経済の時間の流れにどう馴染ませるかが大きな役割だ。

 経済と福祉の架け橋となるには、やはり経験とそれなりの力量も試される。

 今後、厚労省は就労移行支援事業について、利用者が企業に就職した後の定着支援に力を注ぐ方針で、制度設計を変更する予定だ。就労しても定着できない理由は様々で、特に精神障がい者の定着率は低い。定着できないのは「心の問題」を職場では解決出来ず、出社ができなくなるパターンもよく目にする。やはりその「様々」に対応できるのは、支援を仕事としている立場であろう。企業側に支援力を求めるのは難しいから、企業側も支援員を尊重し支援に対する理解と支援する権限を与え、企業と支援機関との協働作業が望まれる。

見識高い組織へ

 今春から障がい者1人の算出基準も週20時間の労働(一部制限あり)に緩和されることに伴い、企業が「受け入れやすく」なり、実際に20時間を勤務時間とするものを多く目にするようになってきた。ここから重要なのは当事者も企業側もともに「働きやすく」なるためへの取り組みだ。

 精神障がいと言っても「統合失調症」「双極性障害」「うつ」「社会不安障害」など、付けられた病名は様々で、コミュニケーションの取り方は人によって異なるが、重要なのは、これらは病気であるという点を理解することである。

 彼らは「好きで病人をやっているわけではない」中で、疾患となり、しかも治らない、もしくは治りにくい疾患を抱えて、薬物療法を取り入れながら仕事で何とか身を立てようとすることそのものを「努力」と認める力が周囲には求められている。

 それが「ケアなる精神」だ。

 彼らは出来ないことも多い。マルチタスクに対応できなかったり、急な不安に襲われたり、体力が続かない時もある。しかし、その疾患ゆえの状況にゆとりと寛容を持って接すれば、彼らは必ず整えながら、自分なりのパフォーマンスを発揮してくるはず。彼ら彼女ら自身が、仕事をして一人前に見られたい、迷惑をかけたくない、という思いを持っているのだから。

 その「努力」する姿を演出するのは、職場側の環境だ。寛容な姿勢で見守りながら、コミュニケーションを密にしながら、働きやすい環境を整えることで、障がい者が仕事に打ち込める状況が整った時、職場は一つのハードルを越えたことになるだろう。

 そして、生きづらさを抱えた人が「働く」ことについて、確実に見識の高い組織となり、多くの従業員に誇りと勇気を与えることになり、必ずやコミュニケーション豊かな生産性の高さも伴ってくるはずである。

(了)

  • 1568人見ました
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ページの先頭へ

コラムニスト

    ページの先頭へ

    facebookコメント

    ページの先頭へ

    関連コラム

    ページの先頭へ


    Top