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コラム

戦争が作る「精神疾患」はいらない
シビリアンコントロールを歯止めにしたい

南スーダンの風景から

南スーダンの日報問題を目にするたび建国間もない、灼熱の乾いた同国の首都ジュバを思い出す。その時は束の間の平和の季節だったようだが、それでも私は町の市場を写真撮影しただけで、警察に連行されるほど、内戦の火種は残り、緊張は続いていた。2012年3月、スーダンから分離独立し建国した高揚感の中、国連平和維持活動(PKO)の一環として自衛隊が現地で道路建設等のインフラ整備の任務を行っていた時期。私は民間人としてボランティア支援の枠組みを作るためにジュバで政府要人とお会いしたが、郊外への旅には「ライフル銃を持った民兵なら1日100ドルだよ」などと声をかけられるほど、治安の完全な安定にはほど遠い状況だった。

治安が不安定な中での緊張感は現地でなければ分からないだろう。その現実を伝えるために人は文書を残す。今を正確に捉えて、将来を予測可能なものにするために、記録を残す。戦場であれば、なおのことその記録は現場に託される。

それは国家にとって財産であり、シビリアンコントロール(文民統制)を確実にするために最も大切なはず。しかし、イラクや南スーダンの活動報告(日報)が「隠された」とする問題は、貴重な情報を国民に知らせないことで、国民への不利益が生じる。

その不利益の1つに自衛隊員の「精神疾患」、そして、自殺の問題にもつながっていく。

防衛省が存在しないとしていた日報の中身は、緊迫した当時の状況とともに時にはコミカルに現地派遣の自衛隊員の日常も描かれていた。その記録は自衛隊員一人ひとりの生きた証であると同時に、その情報を共有することが、無駄な疾患を発生させないための最善の道のように思う。

米国がつくる戦争と疾患

戦争は精神疾患者を作り上げる―。泥沼化したベトナム戦争の壮絶な戦地の報告は生々しく、それが描かれた映画でもよく知られている。ジョン・W・ダワーの『アメリカ 暴力の世紀 第二大戦以降の戦争とテロ』(田中利幸訳、岩波書店)では、米国の「戦争気質」について、ドナルド・トランプ大統領の誕生と関連付けてこう指摘する。

「極端な言語表現と行動を好む性癖は、もともとアメリカの気質なのである。彼は、アメリカの国家と社会には力があり、その力が第二次世界大戦以来、繰り返し自国の高貴な理想を唱導し、推進してきたと考えている。しかし、同時に、実はそれが、アメリカの軍事化と世界的規模での非寛容性と暴力行使に積極的に加担してきたのである」。

アメリカは暴力を生み出してきた。それは「この後者のアメリカは、常に、偏狭な行為、人種偏見、被害妄想とヒステリーを生み出してきた。ドナルド・トランプのような扇動政治家で残酷な軍事力を重要視する人物は、こうした状況でこそ活躍するのである」と米国の暴力性を指摘する。

戦後、日本は日米同盟を基軸に外交政策を打ち立て、米国が唱導する民主主義に追随する社会の仕組みを目指してきた。米国が「東南アジアの戦争では、アメリカ軍はベトナム、ラオス、カンボジアに、1945年に日本の60を超える都市に対する破滅的な空爆で使った爆弾の、40倍以上にのぼる量の爆弾を投下」(同書)した中で、日本が加担した事実は揺ぎ無い。

湾岸戦争や2001年9月11日の米中枢同時テロ以降のアフガニスタン、イラクへの攻撃でも日本はその「貢献」について議論し、それなりの献身さで戦争に加担してきた。

ここで立ち現れるのが、メンタルヘルスの問題だ。「戦争で打撃を受けた地域では、(通常は10人に1人のところ)6人に1人が精神障害を患うと言われている。アメリカ軍兵員に関してだけ言うなら、心的外傷に真剣な注意が払われるようになったのは、アメリカ軍がベトナムから撤退してから7年後の1980年からであり、そのとき初めて心的外傷後ストレス障害(PTSD)がメンタルヘルス問題として公式に認められた」ことを出発点に考えると、私たちはそれを作り出してきたともいえるのだ。

日本が貢献したアフガンスタンとイラクの戦争については、2008年に2001年10月から07年10月までの間にアフガニスタンとイラクに派遣された、164万人のアメリカ軍兵を対象とする大規模な調査が行われ、「約30万人が現在PTSDか重度のうつ病を患っており、32万人が派遣中に心的外傷性脳障害(TBI)と思われる症状を経験した」との推計が出ている。

英国の気づき

戦争で人の精神に異常をきたすことは新しい問題ではない。時代は第一次大戦時の英国に遡る。西部戦線で次々と「精神疾患」が続出したことで、英国政府は精神医学や神経学、心理学に通じた医師に対策を当たらせた。症状は「身体に目立った外傷がないにもかかわらず、麻痺や筋萎縮などの症状を呈し戦闘不能になる」(高林陽展箸『精神医療、脱施設化の起源』もので、「放心状態にとなり、話しかけても沈黙をもって応え、返答にならない言葉を口から漏らした。勇猛さを規範とする軍隊にふさわしくない症状が多くの兵士に認められた」(同)という。

これら「戦争神経症」は当初、特異な現象という認識で受け止められたが、数がまとまってくると英国政府も具体的な対応に迫られることになる。

同書によると、1914年8月から12月の間に西部戦線で戦争神経症として入院した患者は1906名、1915年は2万327名にのぼった。当時、英国の精神病院入院数者数が約13万8000名だったことを考えると、15%が戦争神経症ということになる。

 西部戦線では激しい戦いの中で戦争神経症患者は次々と量産され、本土移送していた手間を省き、患者を早期に戦線に復帰させるために前線に近い場所に治療所が設けられ、同時にこの事実はメディアを通じて広く世間に知られ、皮肉にも「精神疾患」に関する認識を英国に広げることになったのである。

 つまり第一次大戦の機会に、精神疾患を可視的で、身近な存在となったのである。その結果、それまで「狂人」として精神病院に収容された人だとの認識から、国のために戦った「英雄」が精神疾患による病院に監禁することに抵抗感が生まれ、病院における早期治療の機運が生まれ、法的にも精神医療に関する早期治療の原則が確立されることになったのである。

 それは戦争を通じた英国の気づきでもあった。

自衛隊の自殺者

 日本でも似た状況が示唆されている。それは、イラクの日報に描かれた世界は非日常のやはり「戦闘地域」という危険な場所であり、そこで置かれた人たちは極度な緊張状態に置かれ、時には惨たらしい殺傷も目にすることになる。その結果として心的外傷後ストレス障害(PTSD)を惹き起こすことは想像に難しくない。

 2017年11月の政府答弁書は以下のようにイラク派遣関連の自殺者を説明している。

 「テロ対策特措法に基づく活動に従事し、在職中に自殺した自衛隊員数は、海上自衛隊員が二十五人及び航空自衛隊員が零人であり、イラク特措法に基づく活動に従事し、在職中に自殺した自衛隊員数は、陸上自衛隊員が二十一人、海上自衛隊員が零人及び航空自衛隊員が八人であり、補給支援特措法に基づく活動に従事し、在職中に自殺した自衛隊員数は、海上自衛隊員が四人であり、この四人の中にはテロ対策特措法に基づく活動に従事し、在職中に自殺した海上自衛隊員二人が含まれている」

 さらに原因については「病苦を原因とする者が零人、借財を原因とする者が六人、家庭を原因とする者が七人、職務を原因とする者が三人、精神疾患等を原因とする者が十四人、その他が五人及び不明が二十一人である」とし、「自殺は、様々な要因が複合的に影響し合って発生するものであり、個々の原因について特定することが困難な場合も多く、海外派遣との因果関係を特定することは困難な場合が多いと考えている」とし、原因を派遣とは関係づけていない。

因果関係を特定せずとも、「戦場」にいることを私たち人間の心は許容していないのだから、その状況に置かれた人は確実に精神に強い圧迫を与えられているのだ。

そして、自殺者の数から類推すると、今も精神疾患を抱え、もしくはその状態を人に気付かれずに苦しんだりしている人がいるだろう。

昨年5月に撤退した南スーダンに関しては、ジャーナリストの布施祐仁さんが情報公開請求で得た「南スーダン派遣施設隊第5次要員に係る教訓要報」(陸自研究本部作成)には「改善を要する事項」として「深刻なストレスを抱え、深い傷を抱えている隊員が存在する」と明記されていた。

防衛省は南スーダンに「メンタルヘルス支援チーム」を派遣しており、民間では海外派遣された本人や家族へのケアを目的に「海外派遣自衛官と家族の健康を考える会」が発足し、サイトには相談フォームが設けられている。

心のケアが拡充しなければならない状況は自明であり、これ以上、戦争に加担することで精神疾患者を出すべきではない。それはいつか私たちの家族や隣人になる可能性もあるのだ。そんな想像力を持って、われわれの安全保障政策のあるべき姿を考えたい。

(了)

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